GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#20『ブラック・クランズマン』
とにかくおもしろいものしか紹介しない映画コラム。
どこからどう読んでもいい、つまみ食いで1段落だけ読むのでもいいし、全部読んでもいいという形式でリニューアルです。
多少のネタバレもあり、深掘り気味でご紹介するのは『ブラック・クランズマン』。
2019年の第91回アカデミー賞で脚色賞を受賞しました。監督はあのスパイク・リー。
壇上のスピーチはトランプ大統領を怒らせたそうですが、ハリウッドの映画人からは大喝采を浴びていました。
Text_Kyoko Endo
スパイク・リーはプリンスのペンダントを着けていた。
今年のアカデミー賞は『グリーンブック』が作品賞と脚本賞と助演男優賞、『ビール・ストリートの恋人たち』が助演女優賞を受賞、衣装と美術と音楽賞は『ブラックパンサー』がかっさらっていきました。『ビール・ストリートの恋人たち』は前々回GCCでご紹介しましたね。『グリーンブック』は天才黒人ピアニストとイタリア系用心棒の心の交流を描いた作品で『ブラックパンサー』はマーベル初の黒人ヒーロー映画。「白すぎるオスカー批判」が噴出した2016年からたった3年しか経っていないのが嘘のように、今年のアカデミー賞はブラックパワーに席巻されていました。まったく正しい流れだし、もう過去の価値観に縛られてはいられない時代になったと感じます。
で、今回ご紹介する『ブラック・クランズマン』は黒人排斥団体クー・クルックス・クラン(KKK)に潜入捜査を試みた黒人刑事の話です。過激派の極右団体に在日韓国人刑事が潜入する、あるいはレイプ集団に女性刑事が潜入すると思えば、危険のほどがお分かりいただけるでしょうか。この映画も今回のアカデミー賞で原作付き映画の脚本に与えられる脚色賞を受賞。こりゃまったくイカしてるぜ! と70年代テレビ洋画の吹替的ボキャブラリーで快哉を叫びたくなるような映画です。
まずスタッフがイカしてます。監督のスパイク・リーは映画界になくてはならない重鎮で『ドゥ・ザ・ライト・シング』『マルコムX』でカルチャー全般に大きな影響を与えてきました。映画ファン自称するならとりあえずこの人の監督作は観とけ! って人です。で、この黒人刑事の実話の映画化をスパイク・リー監督に勧めたのがジョーダン・ピール。監督・脚本を務めた『ゲット・アウト』で昨年のアカデミー賞脚本賞を受賞しています。『ゲット・アウト』はネタバレしちゃいますと、白人の金持ち老人が若くて美しい黒人の身体を乗っ取ろうとするマッドな話ですが、ホラーと言いつつ抱腹絶倒の傑作で、ネタバレても十分楽しめるはずなのでぜひ観ていただきたいですね。そんな筋金入りのアフリカ系映画人たちがパンク&ファンク精神炸裂させて作ったのが『ブラック・クランズマン』だと思ってください。プリンスの未発表曲も聴けますよ。アカデミー賞でスパイク・リーはパープルのスーツでプリンスのペンダントを着けていましたよね。
クー・クルックス・クラン(KKK)というのは白いネトウヨみたいなヘイト団体ですが、ネトウヨ以上に暴力的で、黒人をリンチして殺し、死体を木にぶら下げて喜んだりしていた。ビリー・ホリデイの名曲『奇妙な果実』とは、まさに殺されて吊るされた黒人の死体のことを歌っているのです。1867年に結成されたKKKはゾロアスター教の悪魔のように衰退しかけては復活していてウィキペディアによればなんと21世紀のいままだ残っているそうです…。
この映画に登場するクランズマン(KKKのメンバーのこと)は突っ込みどころしかない間抜けぶりですが、これはコメディ畑出身のジョーダン・ピールが笑える作品にしようとしたからだと思います。『ミシシッピー・バーニング』のような描き方もあったわけですからね。そんな組織を捜査しようというので、アダム・ドライバー演じる相棒の白人刑事も躊躇するわけです。
一方、黒人刑事は70年代のアクション映画のように大活躍。とくに主役のジョン・デヴィッド・ワシントンはプライベートで身につけた空手も披露。ブルース・リーの『燃えよドラゴン』ではアフロ黒人空手家がリーに倒されてしまうのですが(ブルース・リーは白人も倒していましたが)本作では黒人刑事が精神を落ち着けるのに使うのが空手。ジョン・デヴィッド・ワシントンの父、デンゼル・ワシントンが『マルコムX』で主役を演じたことを思えば、オールド・ファンにも感慨深いものがあるでしょう。黒人のキャストはみんな知的でカッコよく「私も黒革のジャケットで来ればよかった! 」と思ってしまったほど。しかし映画はハッピーエンドかと思いきや…。
おそらくスパイク・リーをはじめとする製作陣がもっとも訴えたかったことが最後に出てきます。それはヘイトを煽るプロパガンダに簡単に乗せられた人たちが、後先考えずに自分の人生を汚していること。右翼によるテロが起きているのに、テロを支持している人々と米大統領の支持層がかぶっているため、断罪されていないことです。そもそもの分断もこの大統領が引き起こしてきたわけです。
スパイク・リーは表彰式の壇上で、愛と憎しみ(ヘイト)を正しく選択してほしいと述べ、自分の作品名を引用した「 Let’s do the right thing! 」という言葉でスピーチを締めくくりました。受賞後の記者会見では「この映画は歴史の正しい側にあって、残り続けるだろう」と語っています。つまりこの映画を観るってことは、楽しみながら映画史の証人になれるってことなんです。ぜひぜひ万難を排して観に行ってください。
『ブラック・クランズマン』
(2018/アメリカ/135分)監督:スパイク・リー
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、アダム・ドライバー
配給:パルコ
3月22日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
公式サイト
『ブラック・クランズマン』を観た人は、こっちも観て!
『ブラッククランズマン』と併せて観れば、よりおもしろくなる映画です。でもこのほか文中でご紹介した作品はどれをご覧いただいてもハズレはないです! (年齢、観たタイミング、お好みにより個人差はありましょうが…)
『グリーンブック』
えっ、招んどいてこんなに差別しちゃうの? 天才黒人ピアニストがアメリカ南部で受ける差別がえげつないです。ニューヨークから南部に行くからまるで別の国に行ったかのような酷さが強調されるわけだけど、南部の黒人たちにはこの差別が日常だったと思えばまた…。公式サイト
『グローリー 明日への行進』
人種差別反対運動のリーダーで非暴力を主張したキング牧師。公民権運動を成功させた彼の孤独な闘いを描いた傑作。そもそもこの作品が第87回アカデミー賞で主題歌賞しか獲れなかったことも翌第88回アカデミー賞の「白すぎる」批判につながったのでした。公式サイト
『私はあなたのニグロではない』
『ビール・ストリートの恋人たち』原作者、ジェームズ・ボールドウィンの未完成原稿をドキュメンタリー映画化。すっごくスリリングでおもしろくエンディングのケンドリック・ラマーで大感動。ボールドウィンも読みたくなります。復刊or新訳してほしい!公式サイト
PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』『SENSE』に寄稿。