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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#22『ビューティフル・ボーイ』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#22『ビューティフル・ボーイ』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#22『ビューティフル・ボーイ』

2019.04.12

実際に観ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
ツイッターの感覚で、適当につまみ読みしていただいても、通して読んでいただいてもお好きなように。
今週はティモシー・シャラメとスティーブ・カレルが父子を演じた新作『ビューティフル・ボーイ』を
深掘り気味に少々ネタバレありでご紹介します。全然似てない? いや、カメレオン俳優に死角なし!
そしてティモテが心身ボロボロになった熱演をご覧ください!

Text_Kyoko Endo

公開前から話題のティモシー・シャラメの新作!

今回ご紹介するのは、父親が有名音楽ライターという中流家庭の少年が麻薬中毒から回復していった物語。ゴールデングローブとBAFTAの助演男優賞にノミネートされたものの、女性問題や人種差別がクローズアップされた今年のアカデミー賞レースには取り残されてしまった。しかしいまをときめくキャストが素晴らしい演技をしていて、メッセージ性が高く、使われている楽曲まで素晴らしい映画なので是非おすすめしたいのです。

まず助演男優賞ノミネー、ティモシー・シャラメです。って、私むしろティモテが主演だと思っていました。彼が出るっていうだけで見ないで死ねるかレベル。健康そのもので家族とも仲がよかった感受性豊かな少年が、友だちの家にあった処方薬を好奇心から試してみたことがきっかけでズブズブと麻薬中毒に陥っていく、鬼気迫る演技に挑戦しています。幼い弟のお小遣いにまで手をつけるロクデナシぶりなんですが、だからこそ麻薬の怖さが実感されますね。

このティモシーを見守る父親役がスティーヴ・カレルです。超演技派。出演する映画によって全然違うカメレオン俳優で『フォックスキャッチャー』『マネー・ショート 華麗なる大逆転』『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』とおもしろい映画にばかり出ている人。『バイス』でラムズフェルドの役もやってますが、クリソツ。彼の出演作をチェックしていれば必ずおもしろい映画が観られるので要チェックです。上記のラインナップから見れば極端な人の役が多いのですが、今回はすごく良識的な普通にいい父親役です。

二人が演じている父子は二人とも作家です。父はデヴィッド・シェフ。『ニューヨークタイムズ』や『ローリング・ストーン』などで活躍する記者で、ジョン・レノンの生前最後のロングインタビューを担当し、フランク・ザッパ、スティーブ・ジョブズやキース・ヘリングにもインタビューしてきたすごい人。この映画の原作は『ニューヨークタイムズ』のベストセラーリストで1位になったほか、発売された年のアマゾンのベストに。ティモシー演じた息子のニック・シェフは、成長して皆さんもご存知のNetflix『13の理由』の脚本家となり、ドラッグ依存症だったころの回顧録で、ベストセラー作家となりました。こちらも本作の原作となっています。

そんな高学歴リベラルな父の子育てはすごく理想的。DVなどありえないし、子どもの意見も聞き、ニルヴァーナを一緒に聴いたり、二人でサーフィンに行ったりもします。ニックの生みの母とは離婚しているものの、母子の行き来は自由。ニックは画家の継母とも仲がよく、異母弟妹たちのこともかわいがっていました。その彼がどうして麻薬中毒になってしまったのでしょうか。

一瞬だけ映るその原因が、友だちの家の洗面所にあった処方薬です。アメリカでは医師からの処方薬として受け取れる鎮痛剤に麻薬性の成分が含まれていて中毒者が増加、平均年齢を下げるほど死亡者が急増して社会問題化しました。プリンスやトム・ペティの死の原因と言われたのも鎮痛剤の過剰摂取で、そうした薬品の総称を“オピオイド”といいます。マイケル・ジャクソンも直接の死因は麻酔薬でしたが、オピオイドを過剰摂取していたことも報道されていました。オピオイドの取り締まりはトランプ大統領選の公約にもなり、現在でもホワイトハウスのホームページに“The Opioid Crisis”というタグがあるほどです。トランプを支持するラストベルトではとりわけ死亡者が多いので、トランプ政権は処方箋そのものを出させないようにしたり麻薬取り締まりを強化したりしていますが、それでも死者数は減っていない。ヘロインや代替薬のユーザーが増えただけという報道もあります。

じつのところ、ルールなき資本主義がオピオイド中毒者を増加させた背景もあるのです。利益追究のために医薬品メーカーが毒性を十分説明しなかったこと、また、アメリカが国民皆保険ではないこともこれほどの蔓延の原因となりました。保険がなければ病院に行かずに鎮痛剤で間に合わせようということになるわけです。マッサージや鍼灸やヨガで治るはずの肩こりや腰痛を薬でどうにかするという生活習慣も問題で、ちょっとした背中の痛みのために薬を飲んだらその薬を手放せなくなったという人が続出しました。ティモシー演じるニックも好奇心からハマってしまいますが、最初は「イラつく気分を和らげてくれる」という危機感のなさでした。

アメリカの有名病院メイヨー・クリニックによれば、オピオイドを一度摂取したらエンドルフィンが放出されるのですが、繰り返し摂取すれば脳から出るエンドルフィンは減っていくので最初の摂取のときのような快楽は絶対訪れない、だから摂取が増えるという悪循環で、だからこそ治療には医師の手助けが必要とのこと。ニックの父も、麻薬が脳に及ぼす破壊力を知り、初めてニックが苦しんでいることを知ります。それまではバカ息子がハイになって楽しくパーティしているとしか思ってなかったので、その理解によって初めて治癒が始まったわけです。父はずっと息子を大事に思っていて「I love you more than everything」と常々言ってきた。それを略した「everything」が二人の挨拶がわりになっていたほどだったのです。タイトルもジョン・レノンの『ダブル・ファンタジー』に収録されている『ビューティフル・ボーイ』から。それを子守唄に歌って育ててきたのでした。

それほど愛していてもモンスター化した息子を救うのは困難で、理解がなければ治癒は始まらなかった。結局、麻薬中毒って病気です。つまり本人の意思はあまり関係がないので、中毒者を犯罪者呼ばわりするのもやめたほうが建設的。休肝日にしようと思ってた日にビール飲んじゃったとか、ダイエットしようと思った翌日にコンビニでアイスを買っている私たちに、そもそも彼らを非難することなんてできます? だから、治癒には理解しかないことを一目瞭然にわからせてくれる本作は貴重な作品なのです。

『ビューティフル・ボーイ』

(2018/アメリカ/120分)

監督:フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン
出演:スティーヴ・カレル、ティモシー・シャラメ
配給:ファントム・フィルム
4月12日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
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『ビューティフル・ボーイ』を観た人は、こっちも観て!

ドラッグについての映画は多々ありますが、信頼していた医師から処方箋を書いてもらい、出された薬がゲートウェイドラッグになったアメリカの現状は悲惨のひと言。知って自衛してください。

『ベン・イズ・バック』

こちらは母親が息子を助けるために奔走する話。この主人公など、スノボの怪我で医師に注射された鎮痛剤で中毒になってしまったという悲惨さ。しかし母親が主人公だとこんなにグイグイ行くとは…。しかもこんなにサスペンスフルになるとは…。
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『神様なんかくそくらえ』

10代の麻薬中毒者を扱った作品は多々あるが、これはモノホンの麻薬中毒者で路上生活をしていたアリエル・ホームズをサフディ兄弟がスカウトして彼女本人を演じさせた作品。パートナーも薬物の過剰摂取で亡くした彼女の路上生活はハードすぎて…。

『君の名前で僕を呼んで』

いまさら? しかもドラッグとはほとんど関係ない作品ではありますが、なんといってもティモテがその美しさと演技力を世間に知らしめ、アカデミー賞助演男優賞にもノミネートされた名作です。ラストシーンの彼の演技は必見の一言。
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PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』『SENSE』に寄稿。