GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#32『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。
多少のネタバレはご容赦ください。今回ご紹介するのはオバマ前大統領の好きな映画リストにも入っている話題作で、
ぽっちゃりめZ世代女子の中二病やSNSとの格闘をユーモラスに描いた秀作です。
監督はこれまた20代の俊英ボー・バーナム。新しい才能にご注目ください。
Text_Kyoko Endo
ボー・バーナムが教えるクールな自分を生きるヒント。
中学時代って人生のうちでももっとも過酷じゃないですか? 獰猛なヤンキーも早熟モテ女子も歯科矯正中のもやしっ子もひとクラスに詰め込まれ、まったく違う種族との交流を迫られるカオス。しかも出はじめた性ホルモンに大いに撹乱される時期でもあり、いきおい中学校はケンシロウのいない北斗の拳みたいな無法地帯――スクールカーストと弱肉強食の世界となります。アメリカでも事態は変わらないようで、ある女の子の中学時代最後の1週間を描いた映画が誕生しました。
主人公ケイラは父親と二人暮らし。父親は彼女を溺愛していてウザいほど話しかけてくるけど彼女は塩対応。なのに学校では“もっとも静かな人”賞をもらってしまうくらい内気。「私と話せば私がおもしろくて話好きだってわかってくれるのに」と思っていますが、自意識過剰で自分からはうまく他人に話しかけられません。自己啓発的なことを喋ってYouTubeに投稿してみるけど絶賛するのはデジタルネイティヴじゃない父親だけ…という日々。そんな彼女が高校入学を前にして少しだけ自分を受け入れ、成長していく姿をみずみずしく描いています。
ユーモア多めで下ネタもあるせいか本国アメリカではR指定になってしまい「肝心の13歳が見られない!」と物議を醸しましたが、大ヒット。オバマ前大統領がFacebookで『万引き家族』や『ブラインド・スポッティング』などとともに2018年の好きな映画に上げたりもして話題になりました(しかしオバマさんいい映画見てはる…)。
この映画を撮ったのはまだ20代のコメディアンのボー・バーナム。ボー自身が2006年に16歳でYouTubeデビューして、あれよあれよという間にスターになった才人です。『ビッグ・シック』など俳優として出演した映画も多数。今回の記事のために検索していたら、この映画を撮った直後に人気司会者コナン・オブライエンに若い人へのアドバイスを求められ「深呼吸して…諦めろ!(You got to take a deep breath and…give up!)」と応えてバズってました。
しかしこの映画の主人公ケイラはまったく諦めていなくて、イタい言動を繰り返しています。朝起きてニキビ隠してお化粧してブローしてからそれを寝起きの顔だとSNSにあげたり。そもそもニキビにそんなにコンシーラー塗るから肌荒れるんだよと突っ込みたくなります。友だちもいなくて、モテ女子のお母さんが母親らしいお節介からプールパーティに招待してくれますが、モテ女子本人から誘われたわけじゃないので肩身は狭い。
ネット社会も彼女を煽ってきます。9歳のときにもうスナチャがあったZ世代のケイラはスマホにどハマりしていて、晩ごはんのときにもスマホを見ずにはいられません。ベッドでもスマホを見てるからそりゃ睡眠時間も足りなくてニキビもできるんだがそんな因果関係もたぶんわかっていない。そこまでして一生懸命に見てるのは、憧れの男の子のインスタとかうぬぼれYouTuberの化粧法とかその程度のものなんです。
しかしケイラのイタさって、多くの人が共感できるはず。自分でも忘れたいやらかした過去…葬り去りたい黒歴史が中学時代に1ページもないという人はおそらくいないでしょう(記憶力がすごく弱ければ別)。私もこの時期に読書にハマりましたが、正直に思い返せば、本が他者との盾として機能していたからでもあった。そしていまは、本が嫌いな人にもスマホがあります。スマホを見ていれば誰も何も話しかけてこないし、そこそこ楽しい。SNSは退屈しのぎにもなるし。
でもSNSって、いじめの手段になったりもするものだし、できるだけ早く大人になれと急かしてくるツールであるようです。遠くの人とつながれるネットの利点はどこへやら、周囲の人間関係がそのまま持ち込まれてしまうと途端に厄介なものに。ケイラは結局、現実世界で中学校以外の人々に出会って自分のいいところを見てくれる友だちもできて、自分のどうしようもなさを受け入れてくれる人がいることにも気づき、前に進むことができるのです。強制的に子どもを大人にしようとする社会システムとそこに順応しようとする同級生の同調圧力から離れて、マイペースに大人になってもいいんだよと言ってくれているのが、この作品のヒットの秘密と見ました。
たとえば『ウォールフラワー』や『レディ・バード』を見れば、中学時代を生き延びたって高校時代もやっぱりハードなことは予測できます。しかも上記2作品の話はSNS登場以前。物事がもう少しシンプルなころの話なのでした。大人になってもSNSを見るし、スマホも使うし、やっぱり他人の目を気にして生きている。でもどこかで無理するのをやめて深呼吸すれば、だいぶ楽に生きていけるはず。そうするとボーの「深呼吸して…諦めろ!」はやっぱり至言ではありませんか。
『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』
(2018/アメリカ/93分)監督・脚本:ボー・バーナム
出演:エルシー・フィッシャー、ジョシュ・ハミルトン、エミリー・ロビンソン
配給:トランスフォーマー
9月20日(金)より全国ロードショー
© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC
公式サイト
『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』を観た人は、こっちも観て!
私たちが使っているSNSについておさらいできる作品を集めてみました。技術の進歩を手放しで礼賛するのがどんどん難しくなる昨今ですが、発明秘話やビジョナリーによる未来予測を映画という形で見るのはやはりおもしろいものです。
『スティーブ・ジョブズ』
アップルコンピュータの共同創立者かつスマホを世間に発表した人物として知らぬ人はいないジョブズの一代記。発明だけじゃなく周囲を巻き込んで投資させる弁舌家でもあった稀代の起業家をマイケル・ファズベンダーがとんでもない早口で熱演。『ソーシャル・ネットワーク』
フェイスブックを立ち上げたマーク・ザッカーバーグを描いた(がザッカーバーグ本人は差し止めようとした)傑作。ちなみにフェイスブックなんてやらないという発言が『エイス・グレード』内にもありましたが、インスタってフェイスブックに買収されてるのですが…。『ザ・サークル』
上記2作は実話を基にしたフィクションですが、こちらは100%フィクション。しかしもう私たちの生活をほぼ描写しているとも言える近未来SF。SNSで影響力を持つようになる若い女性と、彼女の投稿から殺人までもが起きてしまう社会を寓話的に描いています。公式サイト
PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。