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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#35『真実』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#35『真実』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#35『真実』

2019.10.25

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
今回ご紹介する『真実』は是枝裕和監督の新作。
公開前から話題でしたし、テレビCMも打たれているのですでにご覧になった方も多いのでは。
予告編は感動推しですが、じつはすごく楽しめる作品ですよね。

Text_Kyoko Endo

是枝監督が描く、めんどくさくも愛すべき母娘関係。

台風で被災した皆さまに心よりお見舞い申し上げます。 しかし、グレタちゃんが憂慮する通り気候変動の危機は待ったなしということが誰の目にも明らかに。いままで目先のお金のことしか考えず未来にツケを回してきた政財界権力者のおじさま方には是非お考えと行動を改めていただきたいです。台風のときご家族と過ごされた方も多いと思いますが、お母さまのふとした言動にイラっとしたりしませんでしたか? そしてよくよく考えてみれば、その言動は他人だったら許せたのでは? ギクッとなさった方、笑っちゃった方に是非見ていただきたいのが、今回ご紹介する『真実』です。

これ、感動もしますが、それ以上に素晴らしいコメディなんです。私は随所で大笑いしてしまいました。カトリーヌ・ドヌーヴ演じる大女優ファビエンヌのインタビューから映画は始まります。質問者は一流紙の記者らしいが、とにかくすごく上から「その質問、この前も聞かれたからリベラシオンの記事読んでよ」「それいま聞いてどうするの」と威圧的に対応。「あの役を演るのは悪魔に魂売ってでもと思った。身体じゃないわよ、ロゼさんとは違うから」とほかの女優に毒を吐くとマネージャーからその方は存命なので…とNGが入るのですが「あらまだ生きてたの」とケロッとしています。

家というより城のような豪邸に住んでいて、そこに娘夫婦が孫を連れてやってきます。母が自伝を出版したのでお祝い(という名目)でやってきたのでした。その自伝のタイトルが『真実』。娘リュミールは子どものころは女優志望だったものの、脚本家になりニューヨーク在住。演じるのはジュリエット・ビノシュ。娘の夫のハンクを演じるのがイーサン・ホークで、テレビシリーズの人気俳優という設定。彼の姿を目にして「あの俳優がお嬢さんの旦那さんですか」という記者に「まだ役者っていうほどのアレじゃないけどね」と猛毒を吐くファビエンヌ。

ファビエンヌって万事がこの調子で、前菜からデザートまで料理してくれたパートナーに「またティラミス?」飲み物を出したマネージャーに「ぬるい!」とワガママ放題。友だちの母親だったらすごくおもしろいおばさまですが、自分の母親だったらこりゃ大変だ…という人です。娘も負けていなくて母への恨みごとはすぐ口をついて出てきます。思い出を語ると「そういえばあのとき…」と喧嘩の火種になる。記憶力がよく頭の回転が早い母娘なればこそそういうことになるのは必定。とにかく脚本がよくできているのです。

そんな生涯大女優のファビエンヌだから、自伝には真実なんて書いてない。その自伝が騒動の種になっていくわけです。母親をなじるリュミールと彼女を軽くいなすファビエンヌの姿を予告編でご覧になった方も多いでしょう。でも、じゃあ毒を吐きまくるファビエンヌは毒親なのかといえば、そうとは言い切れないのです。孫が「おばあちゃんは魔女なの?」と尋ねてくるのに調子を合わせてやったりしてかわいがっている。娘にとってもそんな母だったこともわかってきます。

そうしてファビエンヌがいま撮影中なのが、余命2年の母親が娘の生涯を見届けるため宇宙旅行で命を引き延ばして7年おきに娘の前に現れるという物語。SF好きな方ならぴんと来るかもしれませんが、中国系アメリカ人作家ケン・リュウの短編『母の記憶に』が原作で、クレジットもされています。ペーパーバック5ページなのに、すごい感動と余韻。未読の人は是非読んでください。泣いちゃいますよ。その娘の生涯の最後のほうをファビエンヌが演じるわけです。

その映画の撮影現場でリュミール、ファビエンヌの両方に変化が起こります。ファビエンヌは監督にも「あなた監督だっけ?」という調子なのですが、リュミールにとって母親がわりだった、ファビエンヌの親友そっくりな若い女優が現れ、母娘の距離感が少し変わってくるのです。ファビエンヌはリュミールの世話を焼きたかったけれど、リュミールが女優でしかいられない母親を早くから見限ったらしきこともわかってくる。そこにケン・リュウの物語が効いてくるのです。

母と娘って本当にめんどくさいけど愛すべき間柄で、一方的に子どもが親に甘える母と息子とはかなり違いますよね。嫌なところもしっかり目につくけれど、まったく同じ怒り方を自分のパートナーにしていたりする。そんな母娘という関係のおもしろさが光る映画なので、ママは私の大親友! という方より、うちのママってなんでああなんだろ、という方にこそお勧めです。予告編で描かれているよりだいぶ楽しい映画なので、泣ける感動モノじゃあ気が乗らないなあというエンタメ志向の方も引かないでほしいです。

『真実』

(2019/日仏合作/108分)

監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークほか
配給:ギャガ
©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA / photo L. Champoussin ©3B – 分福 – Mi Movies – FR3
全国ロードショー公開中
公式サイト

『真実』を観た人は、こっちも観て!

親子テーマの名作は数あれど、母娘テーマで毒親以外のフィクションを最近の作品から選びました。母娘ゲンカってやってる当人は熱いのですが、横から見てるとこんなにおもしろいんだってことがわかります。私も気をつけよう…。

『パリの家族たち』

出産した女性大統領から老人ホームに入居する毒母まで何人ものさまざまな母親が登場。「愛し同時に嫌う」「賞賛し無視する」「多くを求めるのは母親が不死身に思えるから」何をしても男親より非難の対象に。女性監督だからこその台詞にいちいち頷いてしまいます。

『レディ・バード』

最近の名作といえばこれ。母親とケンカばかりしている人生ずっと反抗期のレディ・バード。冒頭が母親と口ゲンカして走っている車から飛び降りて腕を折るシーンですからね。でも、自由を求めて外に出て電話で近況報告したいのはやっぱり母親だったりするのです。

『ルージュの手紙』

変化球の母娘もの。つましく暮らしている助産師のもとに亡父の愛人だったドヌーヴが現れる。父は彼女が去ったために自殺していた…というヘヴィな話なんですが、ここでも豹柄のドヌーヴがあまりにも自由なのでいっそ清々しいです。爽やかな感動が残る珠玉作。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。