GIRL HOUYHNHNMGirls Just Want To Have Fun!
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#38『家族を想うとき』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#38『家族を想うとき』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#38『家族を想うとき』

2019.12.13

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。
多少のネタバレはご容赦ください。今回のケン・ローチ監督の新作は、映画好きな人ならチェック済みのはず。
NHKクロ現で是枝監督と対談してバズったりしていましたよね。だけど今回の新作は
「映画よりもお洋服命&ネットショッピング大好き!」って人に見てほしいのです。そのココロは…。

Text_Kyoko Endo

反骨じいちゃんがギグ・エコノミーに喝!

ケン・ローチ監督は、御歳83歳のイギリス映画界の良心。引退宣言をしてから『わたしは、ダニエル・ブレイク』で復帰してカンヌのパルム・ドールを獲得した方ですが、なんで復帰したかというと、イギリスのキャメロン元首相の新自由主義的政策で労働者の生活がガタガタになったことに怒りを感じたからだったそう。キャメロンってスミスのソングライターのジョニー・マーから「お前がスミス好きだっていうの禁止!」と言われちゃったような政治家。スミスの歌を理解してたらそんな政策やる?って厳しい福祉切り捨てをやって、教育や医療の現場では予算が足りなくなって人を雇えなくなったり、働いている人の賃金や手当がどんどん減らされていったのです。そんな政権下、尊厳を奪われるほどの困窮生活に追いこまれた人々を描いたのが「ダニエル・ブレイク」だったんです。

その「ダニエル・ブレイク」のリサーチで新たな問題に気づいてしまって、また引退撤回して撮ったのが本作なんです。ケン・ローチ監督って、若いころから弱者の味方。第二次世界大戦後、労働党の教育政策でワーキングクラスの若者も高等教育を受けやすくなったのですが、それまで工場などでしか働けなかった青年たちがクリエイティブ業界に進んだことで60s文化が盛り上がり、スウィンギング・ロンドン花盛りとなったのでありました。ケン・ローチ監督もワーキングクラスからBBCに入局し、ごく普通の女の子がホームレスになるところまで追い込まれるリアルなドラマを制作して中流階級のイギリス人の度肝を抜いたりしてきた人なんです。筋金入りの反骨じいちゃんなんですね。

そんな反骨じいちゃんが新作で告発しているのがギグ・エコノミーといわれる業態。ウーバーなどがそのジャンルに入るといわれているんですが、インターネット経由で非正規雇用者が巨大企業から単発だったり短期だったりの仕事を受けるビジネスモデルです。仕事を発注する巨大企業側は、顧客とエージェント両方から手数料をもらえる上、エージェントが仕事中に怪我しても責任を負わなくてもよくて、しかも社会保険や雇用保険を用意しなくてもすむという…まあ、当該企業の社員や株主でもない第三者からしてみると「そんなの許してもらえるの?」と聞き返したくなるようなシステム。この映画は主人公がそういう業態の宅配便会社で働いているという設定で、バイトとかならまだしも、家族を養うため毎日働くとなると相当苛酷な職場環境になることがわかってきます。労働基本法があんなにもしっかりしているイギリスで、その抜け穴をくぐるようなブラックな仕組みで企業の儲けを出している、それがギグ・エコノミーなんです。

『家族を想うとき』の原題は“Sorry, We Missed You”。宅配便「不在連絡票」の「お届けに参りましたがご不在でした」っていうの、英語でこう書いてあるんですね。それと、忙しすぎる父親に対して、あなたがいなくて寂しいよという家族の気持ちをかけたタイトル。とにかく自営業のエージェント契約のはずなのに、全っ然休めないんです。自由だと言われていたのにがんじがらめ。最初の面接では「タイムレコーダーもなし。一国一城の主だ」とか持ち上げといて、たった2分運転席を離れたら、警告ブザーが大音量で鳴ったりする機械を持たされて機械の指示通り動かないといけない。チャップリンの『モダンタイムス』みたい。子どもと過ごす時間が足りないと思って土曜日に子どもを連れて働くと、宅配代理業者から車にほかの人間を乗せるのは規則違反だと言われてしまう。いやいや、大変なローンを組んで自分で買った車なんですよ?

主人公は全然怠けているわけではなくて、生活保護を受けるのは恥だと思っているような一本気な男。そもそもは2008年の金融危機でせっかく手付金を払っていた住宅が買えなくなったという事情もありました。回し車に乗ったハムスターのように必死で働いていて、立ち止まって考える時間もないから、なぜ自分がここまでひどい目に遭っているのかわからない。主人公の妻は介護士で、ここにも福祉切り捨てのしわ寄せが来ています。通いの介護士さんて、あちこちのクライアントを回らなくてはいけないんですよね。主人公が仕事用に使うバンを買うと決めて、手付金を用意するために妻の車を売ってしまったので、妻はバスで移動することになり家にいる時間がさらに減ってしまいます。

2人とも1日の労働時間は12時間から14時間。残業手当もなく夫の休日は週1日。今日はイギリス総選挙の日でしたが、この労働環境では選挙など行けそうもありません。働き過ぎで家族が荒んできて息子がグレ出したので主人公が休暇を取ろうとしたら「先週四人のドライバーが休暇を頼んできたが全員断った。一人は娘が自殺未遂、一人は妹が脳卒中、一人は痔の手術…」とけんもほろろに断られます。娘が自殺未遂しても休めない職場って…その痔だって座り続けの職業病なのでは。そんな現場でそれでも頑張っていた主人公ですが、強盗に遭い、高価な荷物を奪われてしまいます。

そんなふうにどんどん追い込まれていく姿がリアル。俳優たちはみんなオーディションで選ばれていて、主人公はもともと配管工として20年働いてから俳優を目指した人。がみがみ代理業者は勤続20年以上の現役警官。ガチの現場出身キャストで撮った現代の『自転車泥棒』と言っても過言ではない名作。厳しい労働状況ばかりじゃなく、そのなかで奮闘する彼ら家族の愛情も描かれるので辛いだけの映画ではないです。これを見たあと、もうこれからは絶対宅配便が再配達にならないようにと念を入れて配達日を決めている私です。それにしても、21世紀のいま、第一次大戦敗戦後のイタリアの人々のように追い込まれている人々が先進国で続出している事態に改めて驚きます。

『家族を想うとき』

(2019/イギリス・フランス・ベルギー/100分)

監督:ケン・ローチ
出演:クリス・ヒッチェン、デビー・ハニーウッド、リス・ストーン、ケイティ・プロクター
配給:ロングライド
©Joss Barratt, Sixteen Films 2019
12月13日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト

『家族を想うとき』を観た人は、こっちも観て!

最近の過去作からストリーミングで見られるものをご紹介します。本当は『リフ・ラフ』や『ケス』も入れたかった…。「この作品は現在ご利用できません」というのも早くどうにかしてほしいです。そのためのストリーミングでは…。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』

まだ見ていない人は是非。何度見ても発見がある映画でもあります。ダニエル・ブレイクは腕の良い大工でしたが、医者に仕事を止められ、しかも生活保護を受けられない。行政の不備で取り残された、そんな彼がシングルマザー親子を助けようとする人生劇。泣きます。

『ジミー、野を駆ける伝説』

アイルランド内戦から10年後、祖国を追われアメリカに行っていた元活動家のジミーが帰ってくる。若者たちがダンスなどができるホールを再開しようとするが、それを快く思わない教会の神父たちが圧力をかけてきて…。政治より義理人情について考えさせられます。

『ヴァーサス ケン・ローチ映画と人生』

BBC時代からを含む50年間の監督の軌跡を、ドラマや映画、関係者の証言から構成するドキュメンタリー。キャストにストーリーを知らせない独特な演出法も明らかに。しかし子役に知らせず体罰シーンを演じさせたりする厳しい一面も。作品作りには容赦ない監督なんでした。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。