GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#39『パラサイト 半地下の家族』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。
2019年最後の一本としてご紹介するのは『パラサイト 半地下の家族』。これを紹介できることがうれしいし光栄です。
年末年始にこの映画を見られるよう先行公開を決定してくれた配給元の大英断を寿ぎたいと思います。
ネタバレ厳禁の監督のメッセージは尊重しつつ、ここは見逃さないでねポイントをお伝えしますね。
Text_Kyoko Endo
令和元年の映画納めは鬼才監督の傑作で。
いま、一番おもしろい、一番見なくてはいけない映画が、東京と大阪の二つの劇場で先行公開されます。それが『パラサイト 半地下の家族』。撮ったのは韓国のポン・ジュノ監督。カンヌ映画祭でパルム・ドールを獲得、アカデミー賞外国語賞の韓国出品作ですが、ゴールデングローブ賞監督賞と脚本賞にもノミネートされました。こんなにおもしろいのになんで作品賞にノミネートされないんだと、英語を50%以上使用しなければいけないゴールデングローブの作品賞規定について議論の声が巻き起こったほど。アカデミー賞でも外国語映画賞以外の受賞が期待されていて、世界中で大ヒット公開中。日本では年明け公開予定でしたが、年内先行公開されることになったのです。
先日ケン・ローチ監督のインタビューがNEWS23で放送されたとき、同じく格差問題をテーマにしている作品として『ジョーカー』とともに『パラサイト 半地下の家族』も引き合いに出されたのですが『ジョーカー』と比較しても、エンタメ要素が強く、娯楽作として楽しめるのも大きな特徴です。しかし娯楽作とはいえ最初はコメディだったはずが、いつの間にかナイフを突きつけられるような緊迫感に。そして最終的には誰も予想しようがないような結末に連れていかれてしまいます。
キム一家は半地下の家に住んでいて、窓辺の洗濯物はいつまでも乾かないふう。水圧の問題でトイレが家の一番高いところにあって、携帯の電波もトイレでしか入りません。上のおばさんがパスワード設定した! と最初からちゃっかりフリーライダーとして登場するのですが、彼らはもちろん望んで貧乏になったわけではないのです。全員失業中で、ピザの箱を折る内職をしますが、やっつけ仕事なのでかえってペナルティーを取られたりします。望んで貧乏になったわけではないけど、悲壮感はなくなんかとぼけています。
そんなキム一家の長男を大学に行った友だちが訪ねてきます。彼が留学しているあいだ、バイトの高校生の家庭教師を代わりにやってほしいというのです。失業中の身ゆえ二つ返事で高台の豪邸のパク社長宅へ面接に。社長夫人が面接しますが、あまりにも恵まれすぎていて、相手を疑うことを知らないタイプ。成績はいいのに将来に希望が持てないせいかやる気を見せられず4回も大学受験に失敗していた長男は受験テクだけはあって、面接に無事合格。夫人は長男の口車に乗せられて、多動症の息子の面倒を見させるため、長女も雇うことに決めます。イリノイ州立大学に留学している美大生のジェシカとして、長女も夫人に信用されるようになります。
もともとキム一家はずっと貧乏だったわけではなさそうです。子どもたちはそれなりに頭も良く、母なんて元五輪メダリストでした。でも父がカステラ屋を出して失敗し、貯金を失って借金を負ったのです。韓国では、カステラが大流行したものの、テレビ番組で粗悪な材料で作られていると報道され、急激に評判を落として、良心的に商売していた店までも一斉に閉店に追い込まれ社会問題化したことがあったそうです。カステラ屋で失敗した別の登場人物が出てきて、キム父が同情的になる場面もありますが、こうした背景があってのことだったのです。
一方、パク一家も別に悪いことして成り上がったわけではありません。彼らの幸運はある意味、多くの韓国人が出会った不運に出会わずに済んだことに過ぎないのです。しかし彼らにはまるで原罪のような罪が用意されているのです。それが、恵まれた人特有の恵まれていない人の存在を忘れているかのような言動。
日本でも杉並区議員が「台風大丈夫? 」と適当な自撮り写真入りでツイートし、災害被害者の気持ちがわかっていない無神経な行動が大炎上したりしました。この作品の中でも大雨でキム一家の家が浸水しますが、パク一家にとって、それはPM2.5を流してくれた雨に過ぎない。しかし無神経というのはときに大罪なのです。マリー・アントワネットだってお菓子発言の悪評がなければ断頭台に行かなくてすんだかもしれません。
ちなみにこの雨のシーンについてはポン・ジュノ監督がサンタ・バーバラ映画祭の記者会見などではっきりと「金持ちから貧困層に向かって降る雨」と発言しています。大雨の中キム一家はどぶねずみのように濡れそぼって家に帰るのですが、彼らの小ささと惨めさが引きの映像で強調されていて、あざといほどの映像的演出に凄みを感じます。ほかにも匂いの階級差など、細部に神が宿るすごい設定の数々。俳優たちの瞬間的な目の演技なども素晴らしいです。
しかし観客を爆笑させておいて、奈落の底に突き落とすのがポン・ジュノ監督の真骨頂。この映画は最終的には本当に怖いところに私たちを連れていきます。キム一家にもパク一家にも悪意どころか他意はない。しかしだからこそ一瞬の憤怒で抜き差しならない事態に全員が陥らせられる。そのことに観客は愕然とさせられるのです。
『パラサイト 半地下の家族』
(2019/韓国/132分)監督:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、チェ・ウシク、パク・ソダム
配給:ビターズ・エンド
©2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
12月27日よりTOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ梅田にて先行公開
1月10日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト
『パラサイト 半地下の家族』を観た人は、こっちも観て!
ポン・ジュノ監督の過去作を紹介しますが、いま韓国の監督は本当に層が厚く、個性的なおもしろい映画を見ることができます。ポン・ジュノ監督のほかにもパク・チャヌク監督やイ・チャンドン監督など是非チェックしてみてください。
『オクジャ』
少女版『未来少年コナン』と監督が説明したNetflixオリジナル作品ですが、むしろこれはトトロでは…?グローバル食品会社が遺伝子組み替えした巨豚を逃がそうとする少女の大冒険。食糧問題までもがポン・ジュノ監督の手にかかるとエンタメに。キャストも豪華。『スノーピアサー』
監督のハリウッド進出作。し烈な階級闘争描写が話題となりましたが、階級闘争という以前に不正な世界をそのまま存続するのかというより重要なテーマがあります。あとなぜかこの映画のソン・ガンホかっこよすぎ。Netflixで企画されているドラマ版にも期待。『グエムル 漢江の怪物』
在韓米軍が漢江に汚染物質を流した実際の事件にインスパイアされた、監督の出世作。特撮ものですが、アーチェリー選手役のぺ・ドゥナや怪物にさらわれても生き延びようとする女子中学生役コ・アソンちゃんなど女性大活躍なので女子も楽しめます。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。