GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#45『WAVES/ウェイブス』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
今回ご紹介するのは『WAVES/ウェイブス』。
テーム・インパラやケンドリック・ラマーなど使用楽曲ばかりが話題になっていますが、それでいいんでしょうか。
映画にとって音楽は大事だけど、そりゃラーメンで言えばチャーシューの話しかしないようなもん。もっと丼全体の話をしましょうよ。
Text_Kyoko Endo
音楽だけじゃない、『WAVES/ウェイブス』の真の見どころとは。
たしかに『WAVES/ウェイブス』の音楽は素晴らしいです。トレント・レズナーとアッティカス・ロスの音楽にはハズレがないし、使用楽曲はアニマル・コレクティヴにフランク・オーシャンからグレン・ミラー・オーケストラまでと幅広くセンスよすぎるくらい。そのうえ、音と映像の合わせ方がなんじゃこりゃという新しさです。たとえばパトカーのサイレンなどのSEが入るとき、普通の映画だと音楽は消されたりボリュームを絞られるんだけど、この映画では音楽とSEが絶妙にミックスされ、さらにSEだけ不意に消してサイレンの光だけで警察の存在を示すなんてことが行われている。映像も美しいだけではなく、恋愛や酩酊で視覚が変わる感じを見事に表現しています。
でも、音楽と映像のことしか紹介されないのはこの作品にとっては残念なこと。音楽の記事しか書かれず、壮大なPVではという誤解を招くのならむしろ不幸としか言いようがないです。なぜかといえば、この映画は2019年版の『ツリー・オブ・ライフ』ともいうべき傑作で、素晴らしい人間ドラマが描かれているからなんです。
タイラーとエミリーというティーンの兄妹が主人公ですが、物語はもっと群像劇的です。タイラーはレスリングの選手で成績もよく、将来を嘱望されている学校の人気者。チア・ガールの彼女もいて地元クラブ(夜に遊ぶほうね)でもスターというリア充野郎。でも、じつはその地位を必死で守っている。レスリングのコーチは「2位なんて存在しないも同然だ」というような人。家に帰ってもスパルタ教育の父親がいて、まるで軍隊みたいな生活なんです。
この父親が第三の主役です。コーチ以上にクセもので、ダイナーで息子に腕相撲を挑むほど負けず嫌いな建築業者で、経済的に成功してはいるけれど医者である自分の妻への学歴コンプレックスもあります。トレーニングのやり過ぎで自分の膝も壊しているのに、タイラーにも無理やりウェイトトレーニングをやらせる。そのタイラーは肩を負傷していて、それをコーチにも親にも内緒にしています。負傷して試合に出られなくなれば大学への推薦が取れなくなるし、そんなことになったら父親を失望させるから。父親の鎮痛薬をこっそり飲んで痛みを抑えているのですが、この鎮痛薬、ティモシー・シャラメの『ビューティフル・ボーイ』にも登場した、麻薬中毒の入り口になっているやつでした。
そんなタイラーは徐々に転落していきます。不幸は重なるもので、妊娠した彼女の言い分をちゃんと聞いてあげないので関係が壊れてしまう。スターの地位を滑り落ちたので学校のパーティーには参加しないつもりでしたが彼女が別の少年とインスタに写真を投稿しているのを見て、感情を抑えられず会場に向かいます。もう選手じゃないのにレスリング部のジャージを着ているのが哀れ。ついにタイラーは自分と彼女の人生を破壊してしまうような犯罪を犯してしまいます。
兄ちゃんを演じるのがすごくよくできた心理サスペンス『ルース・エドガー』の公開を控えるケルヴィン・ハリソン・ジュニア。妹ちゃんがテイラー・ラッセル、兄ちゃんの彼女がアレクサ・デミーと、出演者がブライテスト・ホープ揃い。『ムーンライト』など傑作映画を多数つくっているA24製作なのも見逃せないところ。しかしお楽しみはこれからです。
後半が犯罪者の妹となったエミリーの物語です。もともとスターの兄の影で家庭内でもおみそになってたエミリー。なのに兄のせいで世間から叩かれてボロボロです。そこに、家の男どもとは全然違う価値観を持った優しい少年ルークが現れます。基本口から出る言葉がnice、great、awesomeと肯定語ばかりで、女子の話を聞いてくれる男子です。演じるのはアカデミー賞助演男優賞ノミネーのルーカス・ヘッジズ。そんなルークにも家族へのわだかまりがありましたが、エミリーの助言で立ち向かっていきます。エミリーもまた回復に向かっていきます。
そう、この映画、ダメージを受けた人の回復の物語なんです。ここに第三の主役、父親が絡んできます。タイラーを追い込んだと妻に詰られた彼は凄まじい挫折感と罪悪感に打ちひしがれている。しかし彼も牧師の息子として貧しい家で厳しく躾けられた過去がありました。社会的成功への強迫観念や男らしさ幻想は父のことも不幸にしていたわけです。そうした気づきやゆるしからやっと回復が始まっていく、この映画はその過程を丁寧に描き出していきます。
誰かをゆるすって大変なことですが、ゆるすことで被害者自身も憎悪から解放されるのです。ゆるすって被害者と加害者の関係に戻ることなんかではなくて、過去に受けたダメージでできてしまった苦しい感情のかたまりをほぐすこと。それがあってダメージを受けた人も新たな人生のフェイズを迎えられるようになるのです。そうした重要なメッセージがあるからこそ、この映画は心に迫ってくるのです。
『WAVES/ウェイブス』
(2019/アメリカ/135分)監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ
出演:ケルヴィン・ハリソン・ジュニア、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、ルーカス・ヘッジズ
配給:ファントム・フィルム
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
7月10日よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
公式サイト
『WAVES/ウェイブス』を観た人は、こっちも観て!
人格形成にもっとも影響があるのは家族。ときに反面教師的だったりトラウマ的暴言を吐かれたとしても、やはり社会に出る前の私たちを形作ったのは私たちそれぞれの家族なんです。新作も含め家族テーマの映画を集めてみました。
『はちどり』
ベストセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』の少女時代のようだと韓国でスマッシュヒットした珠玉作。女性監督が自分の少女時代をみずみずしく描いているが、兄の暴力が結構ヤバく、兄がいなくてよかったと思わせられました。4月25日よりユーロスペースほかで公開。『フェアウェル』
これもA24製作でオークワフィナ主演。ほっこりする家族の物語で、家族仲がいい人のほうが泣いてしまうかも。祖母が癌で余命数ヶ月と知った中国系アメリカ人の主人公が、余命宣告をしない中国本土の習慣に悩みまくります。4月10日より全国ロードショー。『ツリー・オブ・ライフ』
テレンス・マリック監督の2011年のパルム・ドール受賞作。戦争から帰ってきた父を理解できない息子。成長して回想していくうちに…スメタナの「モルダウ」で思い出し泣きするほどに泣けます。自然や宇宙の映像も圧倒的。ワンハリでブラピに目覚めた方は是非。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。