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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#47『精神0』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#47『精神0』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#47『精神0』

2020.04.22

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします…といいつつ、
この映画に関してはプレスリリース引き写しだろうとニュースになることに意味がある。
引き写しサイトだろうがエールを送ろうではないか(上からだなー)。
ベルリン国際映画祭フォーラム部門エキュメニカル審査員賞受賞した本作の内容は保証つき、
さらに私たちの大好きなミニシアターを応援できる仕組みもあるのです。

Text_Kyoko Endo

純愛という言葉に惹かれない人にこそ。

先行きが見えない新型コロナ禍で不安やストレスが高まるとき、聞きたいのは優しい人の優しい言葉ですよね。今回ご紹介するのはそんなシーン満載のドキュメンタリー。引退を決意した老精神科医の日々を追った『精神0』(せいしんゼロ)です。

この映画を撮ったのは、これまで数々の名作を世に送り出してきた想田和弘監督。ナレーションや説明テロップどころか音楽もない、解釈を観客に任せた“観察映画”を制作してきました。その一作が、精神科にカメラを入れ、狂気と正気の境界を問い直した『精神』でした。その『精神』編集中に精神科医師の山本昌知先生の非凡さと思いやり深さに気づいた監督は、彼を主人公にしたドキュメンタリーを撮ろうと長年考えていたと言います。先生の引退に伴って急遽制作されたのがこの作品なんです。

見どころのひとつは先生の素晴らしさ。患者さんへの思いやりに満ちた言葉は名言だらけです。「したいことをする、それは大事にせないけんのじゃ。しかし現実には思うようにならんが。だからと言って雨が降らなかったらという思いを変えんでいいんじゃ。普通それでいいんじゃと思うんじゃ。でも一週間に一度くらい「ああしたい」「こうしたい」いうのをやめてみたらどうなんかと。「ありがたい」が増えたら気分ええで」

「あんたの努力のレベル、ものすごいで。生きるか死ぬかのとこからきとるんじゃけえ。耐えた量いうたらな、あんたには及ばん。病気した人には及ばんわ。みんな優しくないんじゃもん。みんなが蹴落としたりいじめたりする社会ではいま生きておるいうのはすげえことなんじゃ」ゆったりした岡山弁で話されるのも沁みます。軽妙で笑ってしまうようなスピーチシーンもあり、遠慮のない患者さんとのユーモアに溢れたやりとりも楽しい。

カメラは山本家へ。妻の芳子さんは中学からの先生の同級生で、地元の進学校でも一緒。「いちばんが指定席の人」だったという。しかしいまでは認知症を患っておられ、いない犬の様子を見に席を立ったりなさる。先生もご高齢でちょっと手元が危なくなっていて、監督に飲ませたいお酒の瓶がなかなか開けられない…。私などこういうときにすぐ手を出したくなるので見ながら「想田さんビンあけてあげて!」とメモっていましたが、それくらい瓶の蓋が開かないのです。

そうして古くからの友人が現れます。ここからがまた新たな見どころ。そのおばさまはカメラの前にいることでちょっとハイテンションになられていて、なんでもかんでも喋っちゃう。その彼女の言葉から、先生を支えるのに芳子さんがどれほどの苦労をしたかがどんどん明らかになってしまう。芳子さんのシャドウワークにより、先生が仕事中毒でいられたことが。撮影していくうちに純愛についての映画になったと監督は書いているけれど、ふたりで医院を支えるのは戦友とかプロジェクトチームという感じだったんじゃないだろうか。純愛を超えたつながりがあるような気がします。

先生が芳子さんを支えながら、でも自分もよろめきながらお彼岸のお参りに行くシーンには多くの人が感動のコメントを寄せています。もちろん私も感動しましたが、そこまでしてお墓参りに行かなくてもいいんじゃないの? 転んじゃうよ! とはらはらもしました。しかし山本夫妻はそこまでして墓参りに行く。きっと何十年も医院と家とお墓の世話をしてきたのでしょう。ふたりの歴史とともに、昭和の主婦たちが重ねてきた苦労も偲ばれるのでした。

そんな老化や認知症の悲惨な映画をこんなときに見たくないというかたもいるかもしれませんが、夫妻ふたりの生活は大変そうではあるけれど、悲惨ではないです。ジェルソミーナのような芳子さんの姿には病気イコール不幸ではないという当たり前のことに気づかされます。必ず得るものがある映画ですし、こんなときだからこそ共感できるところもあり、外出自粛のストレスも軽減できるはず。

外出自粛といえば、それに伴う映画館の存続危機も心配です。ご存知のかたも多いかもしれませんが『精神0』はミニシアター系の映画館を支えるため「仮設の映画館」というデジタル配信でも上映されます。映画館の当日入場料と同額の1800円でおうちで映画を視聴すると『精神0』を上映する予定だったミニシアターの中のあなたが選んだ映画館に視聴料が分配される仕組みです。

だから是非、公開期間中にこの映画をご覧になってください。映画を楽しみながら誰かの役に立てるチャンスなんてそうそうあるもんじゃないですし、上映延期の作品が増えるなか、これは確実に5月2日に見られるというのもうれしい。こんなにしっかり予定を立てられるのも久々なんじゃありませんか?

『精神0』

(2020/日本/128分)

監督:想田和弘
出演:山本昌知、山本芳子
配給:東風
©2020 Laboratory X, Inc
5月2日(土)よりロードショー&配信開始
公式サイト
仮設の映画館の詳細はこちら

『精神0』を観た人は、こっちも観て!

テーマ選びや編集作業から監督の意図や視点は明らかに理解できるのですが、ナレーションなしに自分で考えながら見るドキュメンタリーのおもしろさを是非体験してみてください。あと仮設の映画館の監督のコメントも必読です。

『選挙』

観察映画第1弾。監督の友だちが突然出馬を決意。それを追いかけているだけなのにこんなに面白くなるとは…。UPLINK Cloudで視聴可能。ほか『精神』『選挙2』『演劇』(1・2とも)『ピース』6作品パックもあり。この6作品はU-Nextでも。

『港町』

真夜中から船を出す漁師、魚市場、魚屋のおばさん、魚のアラを猫にやる人、たくさんの猫たち…まるで楽園のように描かれる小さな港町は、しかし後半に驚きの変容を遂げるのです。ポン・ジュノ監督も絶賛。Amazonプライムビデオ、YouTube、Google Playで視聴可能。

『ザ・ビッグハウス』

労働者からVIPルームまで大学対抗アメフトの試合に湧く全米最大のスタジアムのめっちゃ濃いドキュメンタリー。まったく解説がないのにアメリカの格差や人々の分裂が浮かび上がってくる恐るべき内容です。Amazonプライムビデオで視聴可能。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。

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