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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#57『マティアス&マキシム』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#57『マティアス&マキシム』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#57『マティアス&マキシム』

2020.09.23

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。今回ご紹介する映画はグザヴィエ・ドラン監督の新作。
ここのところ『ある少年の告白』から『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』まで
ほかの監督の作品に俳優として参加することが多くなっていたドラン監督ですが、
初期のころのような監督&出演作を待ち望むファンも多く、久々に自作に出演した本作への期待は高まるばかりです。

Text_Kyoko Endo

神童グザヴィエ・ドランのターニングポイント。

グザヴィエ・ドランといえば19歳で監督デビューした神童であり、美青年俳優かつオープンに公表しているゲイとして有名すぎるほど有名な映画人。そのドラン監督が30歳になる直前に製作していたのが本作です。男性同士の恋愛を描いた映画ということと2013年の『トム・アット・ザ・ファーム』以来久しぶりにドラン監督自身が自作に出演したこともあって「ドラン監督が帰ってきた! 」との喜びの声も多いと聞きます。

しかし監督はDeciderのインタビューで「帰ってきた、と言われているけど『たかが世界の終わり』も『J Fドノヴァン』もケベックで撮っているし、この映画は16ミリ(フィルム)で撮影にも48日かけているからそんな低予算でもないんだよね」と当惑気味。それよりも記者の「この映画は昨年(インタビュー当時)30歳になったあなたのターニングポイントになる作品ですね」という質問にはっきりその通りだと答えています。

「芸術的にも社会的にも個人的にも、多くの意味でターニングポイントだと思う。『マティアス&マキシム』は自分自身を見つけること、新しいことを経験しようとすること、自分や他人や様々なシチュエーションでの未知の部分を探ることについての映画なんだ」と言っています。

物語はマティアス(ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス)とマックス(顔に痣のメイクをしたドラン監督)がスポーツジムで走りながら、友だちのリヴェットの別荘に遊びに行く話をしているところから始まります。リヴェットの生意気な妹も映画を撮りにくるらしい。マティアスの妻は家事で忙しいと言って来ない。

パンの広告に父、母、子どもたちという“正しい家族”のイメージが使われているのを見て一瞬苦々しい表情をするマックス。彼の母親が麻薬中毒になり家庭が崩壊しているからというのがあとでわかってきますが、多様性の時代にヘテロ夫婦と男女の子どものイメージは違和感あるよね、というドラン監督の批判が含まれているのは明らかですね。

山のなかの湖畔という絶好ロケーションにリヴェットの別荘があります。カナダだから合法な大麻をでかいパイプでガッツリ吸ってワインも開けてと男だけのパーティーは盛り上がってます。そこにリヴェットの妹で映画の勉強に行っていたエリカがアート映画を撮りにくるのですが、出演予定だった友だちにドタキャンされて、兄の友人たちに出演を頼んできます。性格がいいマックスは「出てもいいよ」と言ってしまい、理屈っぽくてツッコミ体質のマティアスはそのツッコミ癖でひと悶着あって映画に出ることに。しかしそれがキスシーンでした。

20代後半の兄たちに対して20代前半の妹たちの世代はLGBTQについて偏見がないので、そんなの当たり前でしょ? って感じで平然とキスシーンを頼んでくるわけです。脱出ゲーム映画『エスケープ・ルーム』の台詞を言ったりしてふざけているリヴェットたちに対して、冗談じゃない!と慌てつつも約束を果たさなくてはならなくなるマティアスとマックス。で、キスしたらマティアスの中で大きな変化が起こり…という展開。

しかしノンケの日本人の私なんかから見ると不思議なのが、マティアスとマックスは幼なじみの親友同士で同じ部屋をあてがわれて同じベッドに裸で寝てる。それどころか片方がトイレに入ってて片方が洗面所で話したりするのも平気。ベタベタじゃん! というような環境でこれまでなんにも起こらなかったのに、キス1回でそんなに? というほど動揺してしまうのです。

しかしこれが多くの人が共感する恋愛映画なのは間違いありません。恋愛の描き方が重奏的で、マキシムへの想いを押し隠していたことを否定したくて動揺しまくるマティアスと、母親と自分の環境を変えることで精一杯ながらマティアスの動揺ゆえに変化していくマックスの対比が丁寧に描かれています。

男子がキャッキャ言ってる野郎映画が好きな人なら、マティアスとマックスを囲む友だち関係も見ていて快いものです。「友だちと故郷で映画を撮りたかった」と言うドラン監督が起用したケベックの若手俳優たちがキュート。マックスが母親から離れるためオーストラリアに行くので連日お別れパーティーしているのですが、彼らの行動からも色々なことが起こる。恋って結局当事者2人の関係性だけから生まれるわけでもないんだよなあということに気づかされます。

関係性といえば、いい親と毒親両方のお母さんたちもしっかり描きこまれています。また、ドラン監督がインスピレーションを得たという『ブルックリンの片隅で』のハリス・ディキンソンが、マッチョな世界に過剰適応した性格の悪いマカフィ弁護士を演じているのも見どころ。接待役のマティアスをストリップクラブに呼び出すようなゲスい男ですが、ファーストネームで呼ばれて隙を見せたりする。ヘテロ男社会の代表者の素顔を覗かせるのが流石ドラン監督で、マカフィの登場シーンにペット・ショップ・ボーイズを流したりする意地悪な選曲も素敵。

ドラン監督作品の特徴といえば、この選曲の巧みさと映像の美しさで、映像も言うまでもなく素晴らしいのです(でも言います)。カナダの美しい紅葉、混乱したマティアスが湖で泳ぐシーン、マティアスとマックスの気持ちが現れる雨のシーン、など大スクリーンで見るべき美しい映像ばかり。

つまり本作は、演出、映像すべてにおいて、単に「帰ってきた」という以上の円熟感が感じられる、まさに青年期を終えて「アーティストとして年齢を重ねるサイクルに入った」というドラン監督のターニングポイントとなる映画なんです。是非映画館でご覧ください。

『マティアス&マキシム』

(2019/カナダ/120分)

監督:グザヴィエ・ドラン
出演:グザヴィエ・ドラン、ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス
配給:ファントム・フィルム
9月25日(金)全国ロードショー
© 2019 9375-5809 QUÉBEC INC a subsidiary of SONS OF MANUAL
公式サイト

『マティアス&マキシム』を観た人は、こっちも観て!

ドラン監督旧作やLGBTQ映画の名作はすでに諸先輩が紹介されてますので、上映中&近日公開の、意図せず恋に落ちる人々を描く人間ドラマを集めてみました。人ってどんなきっかけで恋に落ちるか、まったくわかりません…。

『窮鼠はチーズの夢を見る』

水城せとなの人気コミックを行定勲監督が映画化。サラリーマンの大伴(大倉忠義)の前に妻が雇った素行調査の探偵として後輩の今ヶ瀬(成田凌)が現れる…流されやすいノンケのバカ男(役のことです)と一途なゲイの恋の行方は。彼史上最高にかわいい成田凌は必見。公開中。

『おもかげ』

行方不明になった息子を10年以上探し続けるエレナは、息子かもしれないと思った青年が忘れられなくなり、母性が出発だったはずの感情に突き動かされてしまう。恋愛という以上にミステリアスな、スペインの新鋭監督による人間ドラマ。10月23日より全国ロードショー。

『詩人の恋』

『息もできない』のヤン・イクチュンが、行きつけのドーナツ店のバイト美青年に恋してしまう詩人役を演じる。しっかり者の妻に“世間”を押し付けてきたロマンチストの詩人の恋愛は叶うのか。韓国の詩の文化なども垣間見られる珠玉作。11月13日ロードショー。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。

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