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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#59『バクラウ 地図から消された村』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#59『バクラウ 地図から消された村』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#59『バクラウ 地図から消された村』

2020.11.25

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。
今回ご紹介するのは、カンヌのコンペティション部門で審査員賞を受賞した傑作バイオレンス。
バイオレンスと言っても殺伐としていなくてコメディ的につくられているので女子も安心(いや、女子じつはバイオレンス好きよね)。
そう、タランティーノ作品みたいに。海外評でも「予測できない」という声多数のこれ、見逃すわけにはいかないのです。

Text_Kyoko Endo

ブラジルのタランティーノが描く近未来。

ガル・コスタが歌うカエタノ・ヴェローソの名曲『ナォン・イデンチフィカード』(未確認飛行物体)からクレジットとタイトルが映し出され、映画は始まります。そこから人工衛星が飛ぶ地球の映像へ、その地球が次第に近づいてブラジルの北東部へ。画面はシネスコで、かなりクラシックな雰囲気。バクラウというのは、舞台になる村の名前(どうもインタビュー動画見てるとバクラオと聞こえるがそれは置いといて)。平穏にひっそり暮らしていて自分からは姿を現さない夜行性の鳥の名前でもあるそう。

「いまから数年後…」というテロップのあと、車載カメラが揺れまくるガタガタの道を、水を運ぶ大型トラックが走ってきます。近隣の市長が自分の金銭的欲望のためにダムを止めてしまったため、救援隊が水を運んでくるのですが、トラックのタンクは銃撃され、村についたときはあちこちから水が漏れている。そのころ授業中にネットで村の位置を子どもに教えようとした校長が、村を検索できなくなっていることに気づきます。電波が遮断された村では次々におかしなことが起こり…というストーリー。

この作品に世界の映画ファンが騒然としたのは、唯一無二の個性がありつつ多くの名作が思い出されるから。ハリウッドに多大な影響を受けたシネフィル監督による超娯楽作でmubi.comの監督インタビューによれば、『地獄の黙示録』や『ダイ・ハード』にインスパイアされたキャラ設定や台詞もあるとのこと。ジョン・カーペンターの楽曲が使われていると話題になってますが、監督たちのカーペンター傾倒はそんなもんじゃなく、村の学校の名前をJoan Carpinteiro(つまりJohn Carpenter)とするほど。これ、予告編にも一瞬映るので確かめてみてください。

カンヌ映画祭でのプレスカンファレンスでは「ブラジルの『マッドマックス』『ハンガーゲーム』『七人の侍』ですね」と述べた記者もいました。映画ファン以外は固有名詞出されても「…?」でしょうが、映画ファンは「この3本が一緒の映画に入るってことありえる?」と思うはず。しかし実際その通りなのです。私はタランティーノmeets『レポマン』と思っています。さらに混乱させてしまったら申し訳ないですが。あと映画を年に一回しか見ないような人が見てもおもしろい映画なんでカルト固有名詞に引かないで。

こんな感じ、あれに似ていると書いてきましたが、オリジナルな世界観で価値観が現代的なのもこの作品の素晴らしいところ。監督はこの映画を西部劇だと言っています。でも西部劇としては新しい。白人カウボーイが先住民族を問答無用で殺しちゃったり、住民そっちのけで白人ガンマンが仇討ちしたりしてたのが昔の西部劇ですが、この映画は住民フィーチャーなんです。ブラジルの僻地の村に英語話者の白人傭兵部隊が殺人ツアーにやってくるのに対し、白人・黒人・先住民・クレオールの老若男女からなる住民がトランスセクシュアルの義賊と助け合って闘います。この多様性、21世紀的ですよね。

バクラウはもと逃亡奴隷のコミュニティだった村なんです。奴隷貿易時代、大人しく捕まっていずに逃げ出した奴隷たちがいて、彼らは僻地で集落をつくってひっそり平穏に暮らしていたりしたらしい。権力者から逃げ出すのだからもともと反骨精神は旺盛だし、そんなに甘っちょろい集落じゃないぜ、ってことですね。ちなみに逃亡奴隷のことをマルーンというそうで、たぶんあのバンド名もここからと推測。

もう一つ重要な背景として、アメリカが南米各国でやりたい放題やってきた黒歴史があります。ブラジルは過去、共和制をクーデターで倒した軍人がいたのですが、それをアメリカが支援していました。ソ連と対立していたアメリカは、南米各国がキューバみたいに共産化したら敵に囲まれると思っているので、現地の人間が不幸になろうと社会主義は排除して極右独裁政権を応援してきたわけです。これは南米各地で行われてきていて『光のノスタルジア』『真珠のボタン』といったチリの名作ドキュメンタリーや、アレックス・コックス監督作でジョー・ストラマーが音楽を担当した『ウォーカー』などにも描かれています。

ガチで権力闘争してきた村vs.アメリカ悪人傭兵部隊の闘い。もうこれはタランティーノ的対決になるしかないです。ハイテク兵器を兼ね備えた悪人傭兵部隊に、なんにも持ってなさそうに見える村人たちがどう立ち向かうかが見もの。

ところでこの映画は2009年に構想され、コロナ無策で悪名高い現ブラジル大統領が出馬する前に撮影開始していたのですが、この大統領ときたら、まじで環境保護のための先住民居住区を地図から消したそうです。そうすれば熱帯雨林の伐採や乱開発やインディオや自然保護活動家の暗殺などが容易になるから。「近未来」どころかこの映画が予言になっちゃったことも現地では話題になったようです。

しかし日本人にとってもこの近未来はリアル。水道民営化や種苗法改正で、ライフラインが外資に売られ不安があります。水道が民営化したり種苗法が改悪されたり…『バクラウ 地図から消された村』の未来予言が私たちにも当たりかねない昨今。有事に備えるにしろ、備えないにしろ、スカッとする村民の闘いぶりを劇場で見ておきませんか。

『バクラウ 地図から消された村』

(2019/ブラジル・フランス/131分)

監督・脚本:クレベール・メンドンサ・フィリオ、ジュリアーノ・ドルネレス
出演:ニア・ブラガ、ウド・キア
配給:クロックワークス
11月28日(土)全国ロードショー
© 2019 CINEMASCÓPIO – SBS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINÉMA
公式サイト

『バクラウ 地図から消された村』だけじゃない! 11月のおすすめ映画。

10月が豊作と思いきや11月もいい映画がいっぱい上映されてますね。今月もたっぷりめにジャンルレス&ボーダーレスでご紹介します。

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』

何者かになりたかった小柄なゲイの少年は、小説家としてセレブリティの仲間入りをし、上流夫人のアイドルになったが…傷つきやすい芸術家の内面が多くの証言から浮かび上がる。作家の上昇と失墜を描くドキュメンタリー。上映中。

『The Crossing 香港と大陸をまたぐ少女』

深圳に住み香港の高校に通うペイは、顔見知りのiPhone密輸の現場に居あわせたことから自分も密輸組織に巻き込まれることに。密輸という重いモチーフがありつつも少女の成長が美しい映像で描かれた瑞々しい青春映画。公開中。

『アウステルリッツ』

決してブランドTシャツを着て訪れてはいけない場所、それは強制収容所…ダークツーリズムの人々を撮った、恐るべきドキュメンタリー。ストレスに耐えかねて出てしまった数々の行動があらわに。これぞ人間観察映画。上映中(12月11日まで)。

『エイブのキッチンストーリー』

これが映画初主演となるノア・シュナップ(『ストレンジャー・シングス』のウィル)の初々しさとともに、セウ・ジョルジの出演や、ブルックリンのフードカルチャーなど見所が多く、背景にはパレスチナ問題なども入っている良心的な作品。

『おろかもの』

結婚間近の兄の浮気を知ってしまい浮気相手の美沙に会いに行った女子高生の洋子は、なぜか彼女に味方したくなり結婚式を壊す計画を立て始める…洋子、美沙、兄の婚約者・果歩三者ともがしっかりリアルな新しい女性映画。公開中。

『佐々木、イン、マイマイン』

囃し立てると脱いだりするお調子者の佐々木はクラスの男子の人気者。しかし実はネグレクトされた子どもで、友だちもそれを知っていた。日本版『行き止まりの世界に生まれて』的青春映画。不完全だがその不完全さが魅力。11月27日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。

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