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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#62『Mank/マンク』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#62『Mank/マンク』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#62『Mank/マンク』

2021.02.18

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。
今回ご紹介するのは『Mank/マンク』。アカデミー賞前哨戦といわれるゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞にノミネート、
ほか、監督賞と脚本賞、主演男優賞、助演女優賞、作曲賞にもノミネートされた見どころだらけの作品。
しかもその見どころがなかなか渋いので、ナードな解説にはうってつけなんです。

Text_Kyoko Endo

深掘りすればするほどおもしろいマンク。

今年は4月にずれ込んでしまいますが、アカデミー賞が発表される前の数ヶ月は、映画ファンにとってはいい映画ばかり配給される素晴らしいシーズン。『ハウス・オブ・カード 野望の階段』や『マインドハンター』で配信ドラマファンも獲得したデヴィッド・フィンチャー監督の『Mank/マンク』も注目を集めています。デヴィッド・フィンチャーの父、ジャック・フィンチャーが脚本を書き上げたのは90年代、息子デヴィッドが長年制作しようとしていながら、モノクロでの撮影企画に映画会社が難色を示してこれまで映画化できなかったのをNetflixが制作したのにも歴史を感じます。

というのもこの映画の主人公、アメリカ映画の金字塔『市民ケーン』の脚本家、ハーマン・J・マンキウィッツが業界入りしたのは、長編映画がサイレントからトーキーに変わった映画界最大の技術革新の直後。気の利いた台詞が書ける脚本家をスタジオが獲りあい、ニューヨークの記者や劇作家など文章が書ける人間をハリウッドに集めまくった時代でした。そういう時代を背景にした、しかも映画会社がGoを出さなかったような作品を、映画配信という技術革新で業界のゲームチェンジャーとなったNetflixが製作したわけですね。

『ケーン』の時代を完璧に再現するため(と、もちろんある演出のため)『Mank/マンク』は繊細な部分にまで手がかけられていて『ファイトクラブ』で言及されたフィルム・チェンジのマークもわざわざ入れ、フラッシュバックで場の説明をする字幕は昔のタイプライターのフォントで動き方もそれ風、音声にはかすかにフィルム映写機の音を入れていて、レズナー&ロスの音楽もアコースティックな楽器のみで演奏されています。衣装はモノクロでデザイン画を描いたあと、単に黒白グレーではなくカメラを通して美しく見える色と素材を探していて、たとえばアマンダ・セイフライドが着た毛皮の襟のコートがペール・ダスティ・ブルーのフェイクファーだったりします。

主人公を演じるのはゲイリー・オールドマンで、シド・ヴィシャスからウィンストン・チャーチルまで幅広いにも程がある役を演じてきた名優。おもしろいことを言おうと場を盛り上げるために喋りすぎ、いつも後悔する気の毒な奇才の役がハマってます。『市民ケーン』は当時の新聞王、ウィリアム・ハーストをモデルにした映画で、『Mank/マンク』ではその新聞王をチャールズ・ダンスが演じます。愛人が失言とかしたときの無言の笑顔が怖い。GOTのタイウィン・ラニスターなら鞭打ち刑にするかもしれないが、新聞王は失言を叱責もしません。マンクのように饒舌に台詞を量産しなくても周囲がすべて忖度してくれるので、指一本上げる必要もないのです。無言の笑顔に一瞬で黙る、ハーストの愛人のマリオン・デイヴィスを演じるのがアマンダ・セイフライドです。

ハーストは新聞王として成り上がる過程で、ケーンと同じくパワハラや引き抜きや金に物言わせた買収やセンセーショナリズムで会社を大きくしていき、ジョゼフ・ピューリッツァー(ケンドリック・ラマーが受賞したあの賞はもちろんこの人から)を部数争いに巻き込み、報道全体を劣化させたりしました。マリオンをスターにするために映画にもガンガン出資、映画会社社長のルイ・メイヤー(MGMの最後のMの人)やプロデューサーのアーヴィング・タルバーグ(フィッツジェラルドの『ラスト・タイクーン』のモデル)もメディア王ハーストの取り巻きで、映画界でもその権力は絶大。その人生を裏側も含めて多角的に描くのは、挑戦的すぎるほど挑戦的なことでありました。

果たして『ケーン』はハーストの逆鱗に触れ劇場公開も妨害されたと、映画評論家の故ポーリン・ケイルが「Raising Kane」で書いています。ルイ・メイヤーが『ケーン』の制作会社RKOの社長だったジョージ・シェーファーを呼びつけて、フィルムを破壊したら製作費以上の金を払うとまで言ったとか(ジャック・フィンチャーの脚本の元ネタとなったこの記事、掲載元の「ニューヨーカー」のサイトでいまでも読めるのでおすすめです)。漢シェーファーがその申し出を拒絶してどうにか『ケーン』が公開されたその後もRKOの作品はハーストの新聞に広告が出せなかったり酷評されたり無視されたりして文字通り沈黙を強いられ、マンクもあることないこと書かれてアメリカ自由人権協会に助けを求めたりしたらしいです。

マンクはハーストや彼の愛人とも親交があった。なのにどうしてハーストに憎まれるような真似をしたのか、また契約を変えてクレジットを入れてくれとウェルズに頼みこみ大モメにモメたのはなぜだったのか、というのが『Mank/マンク』のストーリーの骨子で、背景には当時のカリフォルニア州知事選挙でハーストが民主党のアプトン・シンクレア(ポール・トーマス・アンダーソン監督作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の原作者)をフェイクニュースで潰した史実があります。

しかし結局、ハーストの名など『ケーン』と『Mank/マンク』以外ではほとんど話題に登らず、一方『市民ケーン』は傑作として永遠に残っている。芸術家は権力者より社会的立場こそ弱いかもしれないが、芸術のほうが権力より寿命が長いのです。ウェルズはハーストの妨害以外にも『ケーン』では苦しむことになりました。長編デビュー作でこれを撮ってしまったウェルズはその後撮ったどんな映画も『ケーン』と比べられ「呪いだ」と言っていたほどでした。『ケーン』はそれほどの映画で、そこにマンクが名を残せたことの意味は大きいです。

私も今回何十年ぶりかで『ケーン』を見直しましたが、これが21世紀のいま見てもおもしろかったのです。母親がケーンを都会にやった背景には父親の虐待があったことが台詞にありますし、マリオンがモデルとなった愛人役も、やりたくもないのにスター歌手に仕立てられ不得意な稽古をさせられた挙句、夫が買った劇場で人目に晒されるという無理ゲーを強いられていたという描かれ方で悪女などではありません。この時代としては女性をかなりフェアに描写しているんです。ケーンと最初の妻との関係性が変わっていくのを朝食シーンだけで表現し、ルイス・メイヤーをモデルにしたキャラがどんな人物かたった一言で分からせてしまう(「私はいつもケーンさんと同じ意見だ」)すばらしい脚本。マンクの分身らしき人物も登場します。アマプラで見られるので『Mank/マンク』と二本立てで是非。

ちなみにハーストについて検索してみると、『Mank/マンク』のマリオンと出自が似ているのは、むしろヴォードビリアンだった最初の妻ミリセントで、現実のマリオンはコーラスガールでハーストの友人の愛人として出会ったらしい。『ケーン』を見てからこっちを見ると、つい『Mank/マンク』が真実なんだ! と思ってしまいがちですが、いみじくもオーソン・ウェルズ本人が遺作『風の向こう側』で「人は映画のすべてを信じる 現実は魔術より弱い」と言ってます。『Mank/マンク』もモデルありきのフィクション。それをしっかりわからせるフィンチャーの演出が心憎いのです。

『Mank/マンク』

(2020/アメリカ/132分)

監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ゲイリー・オールドマン、アマンダ・セイフライド、チャールズ・ダンス
Netflixで独占配信中

『Mank/マンク』だけじゃない! 2月のおすすめ映画。

今月は本当にいい作品が多いです。どれも長いレビューを書きたかった作品揃いで、見応えのある映画ばかりですが、はからずも女性監督の映画&才人の長編デビュー作が集まりました。映画の豊作月間は来月も続きそう。

『すばらしき世界』

西川美和監督、役所広司主演で、直情径行ゆえの暴力で殺人を犯してしまい、またその直情さから刑期がどんどん延長されてしまった男がやっと出所し、社会復帰していく姿を描く。弱者をいじめるような世界をどう生きるか冷徹に問いかけてくる、優れた人間ドラマ。上映中。

『春江水暖〜しゅんこうすいだん』

このところおもしろい中国映画界からまたも現れた新星、グー・シャオガン監督が描いた古都に暮らす家族の年代記。大河の風景とともに、すべての年代の登場人物に共感できる美しい物語で、これもまた映画館で見られなければいけない傑作です。上映中。

『マーメイド・イン・パリ』

フランスのティム・バートンと呼ばれる鬼才監督の初の長編実写映画。ティム・バートンというよりは男子版『アメリ』とか、フランスのウェス・アンダーソンでは?という趣きの美術と仕かけにみちたかわいらしい映画で、冒頭の人形アニメからどの場面にもときめきます。上映中。

『ベイビーティース』

オーストラリアの女性監督シャノン・マーフィの劇場デビュー作。『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』でベスを演じたエリザ・スカンレンが主演。闘病中の少女と突然彼女の前に現れた路上生活もする不良少年との短い恋を美しい映像で描く。2月19日(金)公開。

『夏時間』

『はちどり』やエドワード・ヤン作品と比較される、韓国若手女性監督の珠玉作。父が事業に失敗しておじいちゃんの家に住むことになったオクジュの夏休み。主人公オクジュの思春期特有の屈託には共感ばかり。居心地が悪いようで良い実家の感じも懐かしい。2月27日(土)公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。

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