GIRL HOUYHNHNMGirls Just Want To Have Fun!
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#64『ビーチ・バム まじめに不真面目』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#64『ビーチ・バム まじめに不真面目』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#64『ビーチ・バム まじめに不真面目』

2021.04.28

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。
今回ご紹介するのは『ビーチ・バム まじめに不真面目』。伝説のカルト監督ハーモニー・コリンの新作ですが、
とにかく陽キャラな主人公。しかし陰が極まって陽になった感じで、
一周して空虚さや優しさやもののあわれ的感覚が絶妙にブレンドされているところがちょっとたまらない作品です。

Text_Kyoko Endo

元天才少年ハーモニー・コリンの到達点。

拾った白猫を抱いてふらふらとステージに上がり歓迎される酔っぱらい--主人公の天才詩人ムーンドッグ、でもエージェントからは「あんたはもう過去の人だ」と言われている、志を失った男です。ビールかモヒートか禁止薬物を手放さないしょーもない男で悪ふざけの連続。しかしそんな映画が素晴らしい。その理由を説明したいと思います。

キーウェストでふらふらしていたムーンドッグは妻のミニーの豪邸があるマイアミへ。ミニーは一族の財産を相続した超金持ち。ムーンドッグが「どれだけ金持ちか忘れてた」と呆れるほどリッチなんです。でも、ミニーは幸福ではない。ムーンドッグを金で縛っておけないからで、娘が心配しても「(ムーンドッグは)別次元の人間だと認めるしかない。ただ愛すればいいのよ」と言いつつ、ムーンドッグの親友と浮気している。若さも美貌もお金もすべて持っているのにいちばんいてほしい人が一緒にいない空虚さ。一方、ムーンドッグもミニーを愛していながら愛されている自信がない。詩を詠んでいるときはミニーを想っているのにミニーがいる世界はムーンドッグには合わないんです。

ところがミニーが事故死してしまい、ムーンドッグは小説を出版しなければ遺産をもらえないどころか豪邸も出ていかなければならなくなり「あなたは実質的にはホームレス(Bum)です」ってことに。遺産の半分を相続する娘のところに行って金の無心をしたりしますが、父に似ず真面目な娘は母の遺言を守って断ります。エージェントもお金を貸してくれない。そりゃそうだよ、「酒とハッパと女が買えるくらいでいいんだ」とか言うんだもん。貸したら絶対返ってこなそう。

街に出たムーンドッグはちょっとイっちゃっているおかしな人たちに出会います。ロードムービー的彷徨は悪ふざけの連続。楽しいシーンで抱腹絶倒だけど、超真面目な人は腹を立てて劇場を出て行ってしまうかも…。ムーンドッグは子どものように遊んでいるだけで、ジャッジを超えたところにいると思ってください。

そんなムーンドッグですが、ついに本を書き上げ、その題が『The Beach Bum』(ちなみにbeach bumってオックスフォード英語辞典にちゃんと載っていて、仕事もなく日がな一日ビーチにいる人のこと)。出版後のインタビューで語られる人生哲学がこの映画の大きなテーマになっています。前回の『ノマドランド』とはまるで逆方向の、お金がありあまった状態からスタートする映画だけれど、価値観としてはすごく近いところへ。

さらにテーマが語られたあと、ダメおしの結末がやってきます。このアナーキーさはもはや禅。静かで整った禅じゃなくて、わざと常識と違うことして本質に目を向けさせようとする禅。しかも誰も傷つけない。寒山拾得とかグリム童話の「しあわせハンス」を彷彿させる結末で、ここを理解できないと映画の評価が180度変わってしまうでしょう。

ちなみに主演はマシュー・マコノヒー、金があってもなくてもビーチでビール片手に詩を読んだり詠んだりできれば幸せ、という主人公を心から楽しそうに演じています。トップレス美女にデレデレしたりしますが、キューバ人家政婦のおばちゃんにも同じような態度なんです。誰からも愛されている役が似合いますね。

親友のランジェリー(という名前)はスヌープ・ドッグ。ヴァルチャーの監督インタビューによると、スヌープ本人が「I’m smooth and silky」だからランジェリーと呼べと言ったそうです。ミニー役はアイラ・フィッシャー、ヘザー役はステファニー・ラヴィー・オーウェン、ドラッグ矯正施設で出会うクリスチャン・メタル青年としてザック・エフロンも怪演、いや出演。エージェント役は『mid90s』を監督したジョナ・ヒル。ほか、日本では知られていないけれど世界で7番目にリッチなロッカーと言われるジミー・バフェットや、コメディアンのマーティン・ローレンスも。

こんな豪華キャストを集結させた監督のハーモニー・コリンはラリー・クラークの『KIDS』(いまから考えたらモチーフのひとつがHIV…感染症だった)の脚本を弱冠19歳で書き、当時付き合っていたクロエ・セヴィニーとともに出演し『ガンモ』で監督デビュー。90年代後半のカルチャーアイコンでした。その後も映画オタクが必ずチェックするカルトな名作を発表。世界から少しはみ出した人々が出てくる映画ばかりで、本作のおかしな登場人物たちはすごくハーモニー・コリンらしいかも。

その後、アメリカで興業収益的にヒット作となったのが2012年の『スプリング・ブレイカーズ』。本作は6年ぶりの監督作となります。アーティストとしても活躍していて、ドキュメンタリー『ビューティフル・ルーザーズ』で作品を見ることができます。つまり本作は伝説の監督×豪華俳優陣が、目が覚めるような価値観を具現化した美しい映画なんです。是非映画館でご覧ください。

『ビーチ・バム まじめに不真面目』

(2019/アメリカ/95分)

監督・脚本:ハーモニー・コリン
出演:マシュー・マコノヒー、スヌープ・ドッグ、アイラ・フィッシャー
配給:キノシネマ
©︎2019 BEACH BUM FILM HOLDINGS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
4月30日(金)よりキノシネマみなとみらい・立川・天神ほか全国ロードショー
https://movie.kinocinema.jp/works/beachbum/

『ビーチ・バム まじめに不真面目』だけじゃない! 4月のおすすめ映画。

ゴールデンウィークでまたも映画大豊作月間。ノンジャンルで見ておきたい映画を集めましたが、ドキュメンタリーやや多めかも。

『アンモナイトの目覚め』

19世期、ダーウィンにも影響を与えながら男性優位社会で学者として正当に評価されなかった古生物学者メアリー・アニングを主人公にした恋愛映画。フランシス・リー脚本・監督で、性差別ばかりでなく階級格差や妊娠の問題なども透徹した目で描いています。公開中。

『彼女』

廣木隆一監督が水原希子主演でゼロ年代に漫画ファンの間で話題騒然となった泥沼恋愛コミック『羣青』を映像化。いい意味で原作そのまま。でも希子ちゃんの素晴らしさは原作を超えてます。東京の夜景をはじめ日本が驚くほど美しく撮れているところも魅力。Netflixで公開中。

『S N S』

ローティーンを狙うネットがらみの性犯罪の実態を暴くため、監督が考えたのは、童顔の俳優に子供服を着せ子供部屋のようなセットからSNSにアクセスさせること。寄ってきた男どもの吐き気がするような醜態は予想の斜め上…しかし必見のドキュメンタリー。公開中。

『ブックセラーズ』

空港に書店すらなくなったアメリカで、それでも古書を売る人々のドキュメンタリー。女性古書店主たちの個性やかっこよさに注目。しかし紙の本て結局廃れないような気がします。紙の本を読むことは映画を映画館で見ることと似ていませんか。公開中。

『ハイゼ家百年』

ドイツ統一後再評価され注目が集まる名監督トーマス・ハイゼの日米初劇場公開作。第一次世界大戦からナチスの支配、全体主義体制を生き抜いた一家の物語で、218分の重く厚く長い映画です。でも映画史的には大事な作品をスクリーンで見るチャンス。公開中。

『過去はいつも新しく未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道』

50年前のデビュー作がいまも新しい若いファンを獲得し続ける異能の写真家のドキュメンタリー。ケルアックTでいつでもどこでも写真を撮っている大道さんのかっこよさは女子も真似したい。写真集ができるまでの過程や編集者の仕事も見逃せません。4月30日公開。

『海辺の彼女たち』

世界的な人権問題となっている外国人技能実習制度を背景に、若いベトナム女性たちを描いた人間ドラマ。なんとペドロ・コスタの『ヴィタリナ』日本版のような素晴らしさ。彼女たちが生き抜こうとする結末には殴られるような力強さがあります。5月1日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。

Instagram @cinema_with_kyoko
Twitter @cinemawithkyoko
v