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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#65『Arc アーク』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#65『Arc アーク』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#65『Arc アーク』

2021.06.01

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。
今回ご紹介するのは『Arc アーク』。書店に行けば新刊ばかりか旧作も平積みになっている
人気S F作家ケン・リュウの短編小説が原作です。不老不死技術がモチーフですが、
どう死にたいか考えると、結局どう生きていくか考えることになりますね。

Text_Kyoko Endo

こんないまだから見たい、不死から生を考える映画。

不老不死――年を取りたくない、死にたくないという欲望は昔話の時代から人を引きつけてきました。テクノロジーをモチーフにするSFの世界では、身体を機械に変えるとか、冷凍冬眠するとか、長寿遺伝子の持ち主同士を掛け合わせていくとか、光速より速い宇宙船に乗るとか、PC上で無限計算を続けて自分の分身プログラムを仮想現実で永遠に生きさせるなどあの手この手が考え出されてきたものでした。

しかし若いまま長生きすればそれで幸せになれるのでしょうか。同じ毎日に戻ってくるタイムリープものでは主人公はいくらでも生き続けられるんですが、じゃあなぜ彼らは必死にタイムリープしない通常世界に戻りたがるのか。たぶん若さと時間があればいいというもんでもないのです。その問いに答えを出してくれそうなのが今回ご紹介する『Arc アーク』です。

16歳で妊娠してしまい進学や就職など人生の機会をすべて失った主人公は、やさぐれてその子どもさえも捨ててしまい、路上に出ます。19歳で伝説的な職人に出会い、死体にプラスティネーション加工を施すエンバーミングを学ぶことになり、30歳になるころには会社を代表する人物にまで成長していきます。

プラスティネーションと同時にテロメア操作などで人類を不老不死にしようとする研究者と恋に落ちた主人公は、半永久的に生きられる身体を手に入れますが…という物語。生に振り回され死を克服しようとするけれども、近しい人々の死や、不死を選択しない人々との関わりから最終的には生と死の意味を捉え直していく女性の生涯が描かれています。

原作は中国系アメリカ人作家のケン・リュウ。SF界では3大大賞を同時受賞している大メジャー作家で、日本でも又吉直樹帯が巻かれたりして大人気です。彼が原作というだけでこの映画を観たいと思う人も多いはず。深い人間ドラマを描く人で、SFはあんまり読まないけどカズオ・イシグロや村上春樹が好きという人にもおすすめ。

彼は原作の執筆動機について「私は読者に『若さとは何なのか』『なぜ老いと死を恐れるのか(恐れないのならば、それはなぜか)』を考えてほしかったのです」と答えています。感染症の流行でいつ死ぬかわからないいま、多くの人が考えるのはどう生きていくかということ。でも、自分の人生と折り合いをつけるのは自分しかいないんですよね。

彼はまた、テクノロジーについて2019年のパブリックブックのインタビューで「人間の本性は変わらないことを僕らはよく見過ごしてしまう。(中略)進歩と考えられていることは大抵人間の本性を増幅するだけで、問題の症状を対症療法的に解決できるかもしれないけれどおおもとの解決にはならない」と答えていました。

進歩と考えられていることは必ずしも進歩じゃないということですね。これは時間が線で進んでいくという考え方についての話題から出てきた発言ですが、対して道教や仏教の輪廻転生のある円環的時間という考え方もあります。仏教では、その輪廻転生からいわば卒業する、解脱が人間の成長のゴール。タイトルのアークって言葉は、そうした円環的時間と、キャラクター・アーク(主人公の人格的変容)にかけられているのかもしれません。

原作読んだわという人にも、この映画は見てほしいです。ケン・リュウの長編作品の世界観をあらわすシルクパンクという言葉があります。産業革命期の技術を空想科学と結びつけたギアが登場するスチームパンクに対して、絹や紙など古代中国にあった素材でできたガジェットを長編小説に登場させているケン・リュウ自身の造語ですが、そうした有機的な素材がこの映画にも美しく組み込まれています。50年100年と生き残ってきた素材やデザインは50年先の未来にも存在するだろうという考えでロケーションにも香川県庁などモダニズム建築が使われていてセンスがいい。美術にも衣装にも見るべきところが多いです。

芳根京子が惑いながら成長していく主人公を等身大で演じています。その等身大で揺れている感じに共感が持てます。誰だってこんなハードな人生なら迷いまくる。ほかの俳優について書けばどうしても芯を食ったネタバレを止められなくなるので控えますが、俳優陣もみんないいです。

監督は『愚行録』『蜜蜂と遠雷』の石川慶。東北大学で物理を学んだあとポーランド国立映画大学で演出を学んでいて、視点が多角的。『蜜蜂〜』よりも前に十年くらいかけて準備していたそうですが、ケン・リュウにも脚本を見せて、アドバイスに従って書き直したそう。『愛がなんだ』の澤井香織と監督が共同で練った上、原作者に従ってさらに練られた脚本だから安心して観ていられます。前2作と同じポーランド人のピオトル・ニエミスキイの撮影も注目です。

つまりこれって、中国生まれアメリカ育ちで両方の文化の橋渡しをしているケン・リュウが生きるってどんなことかについて書いた原作を、東欧映画のバックボーンを持った日本人監督が練りに練って映画化した稀有な作品なんです。コロナ対策のうえ、是非劇場でご覧ください。

『Arc アーク』

(2021/日本/127分)

監督:石川慶
出演:芳根京子、寺島しのぶ、岡田将生
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2021映画『Arc』製作委員会
6月25日(金)より全国ロードショー
公式サイト

『Arc アーク』だけじゃない! 6月のおすすめ映画。

女性の生き方フィーチャーという理由から、今回はひと足早く6月の作品を紹介してしまいましたが、5月公開の必見作はまだまだあります。

『クー! キン・ザ・ザ』

旧ソ連の名作S F『不思議惑星キン・ザ・ザ』を監督自らがアニメ化。全体主義社会の圧力への風刺が、今度は拝金主義の新自由主義社会の風刺になっているのだけれど、キャラもメカもいちだんとかわいく、この愛らしさに出会うために劇場に通ってもいいくらいです。公開中。

『ファーザー』

アンソニー・ホプキンスのアカデミー賞主演俳優賞受賞作。同じアングル、同じ色調でディテールを変えていくインテリアで、見当識を失った主人公の視線を表現した撮影と美術も素晴らしい。こうなりたくないからみんな老いたくないのかも…日頃の人間関係が大事ですな。公開中。

『ペトルーニャに祝福を』

不況とルッキズムの犠牲になり就職できないペトルーニャ。男たちが春先の川に入り十字架を奪いあう男だけの祭りに不意に紛れ込み、十字架を獲ってしまった! そこから起こる珍騒動。コロナで公開が遅れていたマケドニアのフェミ娯楽作。満を持して公開中。

『アメリカン・ユートピア』

デイヴィッド・バーンのブロードウェイのショーをスパイク・リーが映像化。音楽も監督もかっこいいんだから当たり前にすべてかっこいいのだけど、最高にかっこいいのはバーンの知性ですよ。フラワーデモに行く有名人なんて日本に何人いる? 公開中。

『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ 4K完全無修正版』

妖精のように美しいジェーン・バーキン、トム・オブ・フィンランドの画集から抜け出てきたようなジョー・ダレッサンドロ。便器やゴミの山を映していてすら美しい画面…セルジュ・ゲーンズブールはやっぱり天才なんでした。公開中。

『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』

香港生まれカナダ育ちのシンガー、デニス・ホーは、中国本土でガガのような大スターになるが、香港市民に共感して雨傘革命に参加したために化粧品などの広告も下ろされてしまう。それでもDIYで音楽活動を続ける彼女を追うドキュメンタリー。6月5日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。

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