GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#70『DUNE/デューン 砂の惑星ー』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介する『DUNE/デューン 砂の惑星』は、見逃してはいけない傑作なんですが、
原作小説の巻末には用語集が載せられているほど独特な世界で、知らずに見ると「何が何だか…」となる可能性大。
お節介とは思いますが、背景と設定をざっくり説明いたしますね。
Text_Kyoko Endo
底が知れない大長編の(あくまで)始まり。
これ、すごいプロジェクトです。原作の発表は1965年。以後多くの作品に影響を及ぼし続けてきました。この作品がなくても宮崎駿やスピルバーグは傑作を撮っていたでしょうが『風の谷のナウシカ』や『スター・ウォーズ』は生まれなかったかも。多くの映画人が映画化したいと考え、ホドロフスキーが撮っていた可能性もありました。1984年にデヴィッド・リンチが一度映画化しましたが、膨大な原作をかいつまんで批評家から酷評されてしまいました…。
原作は主人公の成長譚というだけでなく、哲学、政治、宗教(それも一宗教ではなく禅、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥーなどさまざま)、エコロジー(長編小説に取り入れたのはこの作品が初)といったテーマを内包していて、フランク・ハーバートが書いた部分だけで6作(砂の惑星、砂漠の救世主、砂丘の子供たち、砂漠の神皇帝、砂漠の異端者、砂丘の大聖堂、すべてもれなく『DUNE/デューン』がつきますが省略)あり、各作が文庫本で3〜4冊の長編。さらにフランク・ハーバート亡きあとに息子が『スター・ウォーズ』のノベライズなどを手掛ける小説家とともに書き継いだ前日譚のシリーズがもう3作あります。
主演はティモシー・シャラメで、脇を固めるのもハリウッドとヨーロッパの主演俳優ばかり。確実に『スター・ウォーズ』や『ゲーム・オブ・スローンズ』に匹敵する…いや、この二作を合わせたような大作になるはず。今回公開されるのはあくまでも始まりで、ほぼ導入部で終わってしまいますが、超巨大作の誕生を目撃しないわけにはいかないのです。
舞台は、コンピュータの反乱を鎮圧した人間たちが、人間の潜在能力を極限まで高めて独特な精神文化を形成した10191年。シンギュラリティなんかもうとっくに終わっている。砂漠の惑星アラキスを領地として与えられたアトレイデ家のレト公爵(オスカー・アイザック)が妻のジェシカ(レベッカ・ファーガソン)と息子のポール(ティモシー・シャラメ)を伴って着任するわけですが、そこにはいろいろ陰謀が隠されていた…という物語。そのいろいろは映画を見ていただくとして、砂漠の惑星が紛争地になる理由がスパイスです。
このメランジっていうスパイスが、予知能力を強化する向精神薬(つまりドラッグ)で宇宙旅行の航宙士がナビゲートに使うのに必須ということになっていて高値で取引されてます。サンドワームから分泌されているその麻薬が砂漠に舞っているので、ローカルのフレメンたちはみんな副流煙のようにそれを日常的に吸っているわけ。この物質をうっかり吸っちゃったので、ポールはスパイス収集隊を救出するお父さんの横でドン決まって立ちすくんじゃうのです。未来予知のビジョンとして現れるのがゼンデイヤなんです。
ゼンデイヤが演じるチャニの活躍は今後に期待。彼女はフレメンの娘なんですが、フレメンは単にアラキス住民ということじゃなくてとくに砂漠に住んでいる人々を指すのです。つまりベドウィンみたいな民族。生身でいれば肉を骨から引き剥がすような砂嵐が吹く超絶苛酷な環境で暮らしているのでいつもスーツ着ていて、体内の水分は超貴重なので、挨拶のときに自分の水分を与えるという意味で唾を吐くわけ。ちなみに原作とリンチ版では、ポールが決闘相手を殺して泣いちゃって、その涙を見たフレメンが「水を与えている!」と感動するシーンがありました。
そしてもう一つ大事なのがベネ・ゲセリットです。人間の潜在能力を高めに高めた未来社会でも特殊な存在。女性だけの宗教結社で、右手の人差し指の裏側の筋肉だけを動かすようなアイアンガーヨガかカラリパヤットゥみたいな鍛錬を日常的にやっていて、声で人を操る能力なども身につけていて、ローマ・カトリック教会のように高度に組織化されていて政治的権限もある程度あり、洗練された思想を持っている。教典もあります。恐怖は心を殺すもの…はポールのオリジナルではなくてジェシカから教えられたベネ・ゲセリットの教典です。
ベネ・ゲセリットは世代を超えて人為的な交配を重ねて救世主を生み出そうとしていて、ジェシカをアトレイデ家に入り込ませたのも、女子を産ませてハルコンネン家の息子と結婚させたかったから。でもうっかりレトを好きになっちゃったジェシカがレトの望み通りに男子を産んじゃったので教団の計画は大コケ。それでジェシカは教団を離れていたのです。成長したポールの能力を試しにやってきた教母(なんとシャーロット・ランプリング。脇が豪華すぎる)がちょっと怒ってるのはそういうわけなんです。
この世代を超えた長い長い物語をダイナミックに映像化したのが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。『ブレードランナー2049』の前は『メッセージ』とSFの名匠ですが、実際に起こった大学での銃撃事件を描いた『静かなる叫び』、レバノン内戦を描いた『灼熱の魂』(大傑作!)、FBI捜査官と麻薬カルテルの戦いを描いた『ボーダーライン』など、硬派な社会派作品で高く評価されてきました。だからSF要素にも政治要素にも注目です。
だけど、今作はじつは原作の半分くらいのところ(2時間17分のリンチ版で1時間30分くらいのところ)で終わってます。そもそも英語タイトルが“The Beginning”と、これで終わらないことは明白で、最低あと1本作られるのは確実。というより、原作では『砂漠の救世主』までがポールの物語なので、そこまで作られるのか。今作ですでにそれを匂わせる台詞をティモテが言ってますが、アレを映像化するとティモテのファンの反応は…。シリーズを追うごとに魅力的な新キャラも出てくるので今後さらにすごい世界が見られる可能性もあるかも。見終わってなおワクワクが止まりません。
『DUNE/デューン 砂の惑星』
(2021/アメリカ/155分)監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:ティモシー・シャラメ、レベッカ・ファーガソン、オスカー・アイザック、ジョシュ・ブローリン、ゼンデイヤ、ジェイソン・モモア、ハビエル・バルデムほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
©︎ 2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
10月15日(金)より全国ロードショー
公式サイト
『DUNE/デューン 砂の惑星』だけじゃない! 10月のおすすめ映画。
今月は豊作どころじゃなく、本来長文でご紹介するべき映画だらけ、傑作だらけです。S Fはあんまり得意じゃなくて…という方には、歴史映画やホラーやドキュメンタリーもあります。別冊でご紹介した『メインストリーム』も是非!
『最後の決闘裁判』
マット・デイモン、アダム・ドライバー、ジョディ・カマー主演。『羅生門』を下敷きに、歴史的スキャンダルとなった貴婦人レイプ事件を描いています。リドリー・スコット監督がガチンコの決闘アクションとともにジェンダー問題にも斬り込んだ傑作。10月15日公開。『キャンディマン』
『ゲットアウト』のジョーダン・ピール製作の90年代ホラーのリブート。人種差別のリンチで殺害された黒人の怨念から生まれた怪物に取り憑かれる現代美術作家。モダンアートの扱い方などもリアルで、見どころだらけ。しっかり怖いのもお勧めポイント。10月15日公開。『ジャズ・ロフト』
前回ご紹介した『MINAMATA』のユージン・スミスのニューヨークでの日々。ジャズ・ミュージシャンが集まるビルにスタジオを構えていたスミスは、ミュージシャンのセッションを撮影&録音していた。その貴重な記録から構成したドキュメンタリー。10月15日公開。『〈主婦〉の学校』
花嫁学校的なものがどんどん廃れていくなか90年代に男女共学となったアイスランドのこの学校には入学希望者が絶えない。ジェンダーに限らず生活能力は大事。内容もいいが手仕事作品や食べものなど出てくるものがいちいちかわいいドキュメンタリー。10月16日公開。『グレタ ひとりぼっちの挑戦』
グレタ・トゥンベリが最初に勇気を出して一人で街に立った姿を、たまたま家族の友人が撮っていた貴重なドキュメンタリー。賛同者も増えるが、嫉妬ディスやアンチも増え…どんどん禁欲的になるグレタが痛々しいけど、温暖化まじ深刻なんで必見です。10月22日公開。『MONOS』
世界の映画祭で絶賛され今年のアカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートされた10月後半の大本命。泥沼の内戦下、少年兵だけで組織された小部隊がある事故をきっかけに空中分解していく暴力的な物語を、驚くほど美しい映像で撮った傑作。10月29日公開。『スウィート・シング』
ニューヨーク・インディーズ映画の良心、アレクサンダー・ロックウェルの新作。貧しい家庭で生き抜く子どもたちの大恐慌時代のチャップリンみたいな物語ですが、衣装もセットもやたらかわいい。ヴァン・モリソンやシガー・ロスの音楽もいい。10月29日公開。『トーベ』
みんな大好き『ムーミン』の原作者トーベ・ヤンソンの伝記映画。トラディショナルな芸術しか認めない父との確執や同性の恋人との恋愛が描かれる。作品誕生の背景と同時にスナフキンやビフスラン、トゥーティッキのモデルがわかるのも楽しい。公開中。『ONODA 一万夜を越えて』
第二次世界大戦の敗戦を知らずフィリピンのルバング島のジャングルに隠れ住んでいた元日本兵、小野田寛郎の実話をフランス人アルチュール・アラリ監督が映画化。戦争の狂気、真実とフェイクの違いもわからなくなる自己洗脳を描いた傑作。公開中。『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』
園子温監督が満を持してハリウッドに挑んだサムライS Fアクション。ニコラス・ケイジ主演。ママチャリに乗ったり身体のある部分を爆破されたりしながらのニコラスの死闘を見よ。坂口拓が振り付けたソフィア・ブテラの華麗なアクションも見どころ。公開中。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。Instagram @cinema_with_kyoko
Twitter @cinemawithkyoko