GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#72『ハウス・オブ・グッチ』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは1月公開『ハウス・オブ・グッチ』。
リドリー・スコット監督作としては『最後の決闘裁判』(必見)のほうが作品の完成度としては全然上なのですが、
下世話すぎておもしろい…有名ブランド一族の骨肉の争い&シチリアマフィアも絡む殺人事件というスキャンダル満載感+
しかも〈グッチ(GUCCI)〉が会社として協力していてハイファッションも見られるお得感。見応えはバッチリです。
Text_Kyoko Endo
ゲーセワ☆ゴージャスなハイブランド創業一族の盛衰。
映画そのものは駆け足なところもあり、実話をもとにしてはいるけれど簡略化&戯画化が目につくところもあり、イタリアが舞台なのに全員イタリア訛りの英語を話してる(ハリウッド外国舞台ものあるある)と欠点もある。だけど、おもしろいのです。
マウリツィオを演じるのはアダム・ドライバー。ウィキペディアの英語版ではこの映画に登場するグッチ一族全員の顔写真を見られるのですが、それぞれだいぶ本物に寄せている。レディー・ガガのパトリツィアも、ご本人あんな感じでした。
見どころの一つがグッチ家の会社を巡っての親族間の泥試合です。マウリツィオの伯父アルドはお金があることに安心しきって息子のパウロを甘やかしていた。辣腕パトリツィアはこの親子にどんどん食い込んでいきます。ちなみにアルドはアル・パチーノが、パウロはジャレッド・レトが演じているのですが、どちらもかっこよさは封印。この二人の演技が実物と比べてコメディ部分だいぶ盛っていることには批判もあります。が、作品としては下世話さマシマシでよかったと思います。
このスキャンダラスな映画に〈グッチ〉が協力したのもすごい。もうファミリーが経営に関与していないとはいえ、英断です。おかげで過去の〈グッチ〉の美しい品々が画面にどんどん登場、ファッションという見どころも増えました。
マウリツィオがブランドイメージを変えようとしてテキサス出身の新進気鋭のデザイナー、トム・フォードを起用したシーンでは、コレクションも再現。96年って老舗ブランドが一斉に若返りを図った年で、ディオールがジョン・ガリアーノに、ジバンシィがアレクサンダー・マックイーンになったりもしていた。ブームが過ぎかけていたとはいえスーパーモデルもまだ人気で、ファッション業界全体がすごく盛り上がっていた時期でした。
もちろんトム・フォードはいまや名作二本を発表した映画監督です。ちなみにトム・フォード監督は映画を見て笑っちゃったけどあとで数日間悲しくなっちゃったそうです。確かに「おもしろうてやがて悲しき」とか「諸行無常の響きあり」って感じ。関係者にはひとしおでしょう。メロドラマとディスったかのように誤訳していた記事も見かけましたが「金のかかった『ダイナスティ』だ」と海外では誰もが知ってる人気ドラマにたとえて説明してただけですね。
トム・フォードはレディー・ガガとアダム・ドライバーの演技を「パワフル」と褒めてまして、ガガたんの演技は確かに印象的。まあ役柄に合わせたらそりゃパワフルにならざるを得ないでしょうね、という感じはします。感動とかより、とにかくこのパトリツィアさんの強烈さに圧倒される映画なんであります。アダム・ドライバーも熱烈な恋が冷めていく感情の変化をうまく演じています。
マウリツィオとパトリツィアは共通の友人のパーティで知り合うのですが、この映画の中では最初は普通に恋に落ちたみたい。ところがグッチ家のリッチさを目の当たりにしたパトリツィアがどんどん欲望を発動させてしまう。パトリツィアは映画の中ではお父さんの運送会社を手伝っているところからしか描かれていないのですが、このお父さんはお母さんの再婚相手で、お母さんが再婚するまでパトリツィアたちの生活は貧しかったそうです。
マウリツィオも貧乏学生で、デートでもレストランに入るお金がなくて屋台のカルツォーネを分け合っていたりしていた。貧しくてもそれなりに幸せだったはず…。でもパトリツィアはどんどん野心的になっていく。あろうことか、スイスの高級リゾート地サンモリッツでマウリツィオの幼なじみたちに会ったとき、パトリツィアは成金的な自慢話をして大スベリしてしまう。スキー場だけに。貧しかったからこそ周囲が富裕層ばかりの集まりで金満自慢する痛さがわかっていなかった。そのあたりから夫の気持ちが彼女からどんどん離れて…という描き方がうまいです。
この幼なじみという人が、パトリツィアとは対照的にサンモリッツで再会できる程度にずっと富裕だったインテリアデザイナーで、教育をしっかり受けたお嬢。しかも幼なじみなのでマウリツィオがそっちに行ってしまう要素は多分にありました。この人の役をフランス人のカミーユ・コッタンが演じています。唯一本物とはあんまり似ていないんですが。
結果、パトリツィアは暴走して、気持ちがとっくに離れた夫を追いかけ回してしまい、シチリアの男(つまりマフィア、現実の実行犯はピザ店のオーナー)を雇うか…というところまで思いつめてしまう。彼女に足りないのはむしろ辛抱強さと待つ力なんですが、そういう資質も教育で培われることを考えると同情を禁じ得ません。もし彼女が教育を受けていれば違う展開になっていたのかも。
ビジネスものとしてもおもしろいです。マウリツィオの放漫経営で会社がダメになり投資会社インベストコープから資金を得るものの…というあたりは、半沢直樹とか好きな人は好きそう。ちなみに会社としての〈グッチ〉はその後株式上場し、さらにインベストコープから株を買い戻して独立。ファミリーを見限る人物のように描かれているけれど、ドメニコ・デ・ソーレ(演じたのはジャック・ヒューストン)頑張った。ドメニコはその後〈アレクサンダー・マックイーン〉や〈ステラ・マッカートニー〉も買収して〈グッチ〉を一大コングロマリットに育て上げ、2005年からは〈トム・フォード〉のチェアマンです。
〈グッチ〉はその後LVMHとの仁義なき戦いを経て、いまはケリンググループ傘下です。ちなみにケリングの決算報告書によれば、〈グッチ〉の2021年第3四半期の収益は21億8180万ユーロ。ケリング全体の利益の半分を〈グッチ〉1社で稼ぎ出しています。グッチ家が失ったものは本当に大きい。もしもアルドが後継者をしっかり育てていれば…あるいはパトリツィアがもうちょっと自己コントロールできていれば…教育って大事。それがこの映画から得られる教訓かもです。
『ハウス・オブ・グッチ』
(2021/159分)監督:リドリー・スコット
出演:レディー・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズ、ジャレッド・レト
配給:東宝東和
©︎ 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
2022年1月14日(金)より全国ロードショー
公式サイト
『ハウス・オブ・グッチ』だけじゃない! 12月のおすすめ映画。
『ハウス・オブ・グッチ』のあまりのゲーセワさにいち早く紹介したくなってしまったのですが、もちろん12月もいい映画あります! 映画館でのクリスマスやお正月もよいもの。その際にはこちらの作品がおすすめです。
『偶然と想像』
濱口竜介監督の新作。長編の印象が強いですが、今回はエリック・ロメールに影響を受け製作した短編映画3作を一本の作品として発表。偶然カフェで耳にした会話から想像で生まれた第一話をはじめ、リアルな会話劇に引き込まれます。公開中。『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』
ファンにはうれしいザ・スミス布教映画。スミスが解散したとき、ある青年がメタル専門ラジオ局をジャックしてスミスをかけさせたというアメリカで起きた実際の事件を映画化。スミスが全面的に協力していて名曲がどんどん流れますよ。公開中。『ローラとふたりの兄』
離婚弁護士のローラは元クライアントのゾエールと恋に落ちるものの…子産み圧力、リストラ、夫婦の気持ちのすれ違いなどをすこぶるうまく入れ込んだコメディドラマ。ヨーロッパの多様性とか女性の自由ってこんな感じか!というのもよくわかり、最後は前向きな気分に。公開中。『グンダ』
音楽もナレーションもテロップもないドキュメンタリーは多くの監督が撮っていますが、それでも人間が出てきてなんらかの言葉は喋りますよね。でもこの映画は自然音だけ。しかし子豚の目線に合わせた撮影方法が魔術的。劇場で見ないと真価がわからない極北的アートフィルム。公開中。『東洋の魔女』
五輪? バレーボール? で引いてしまうともったいない。これ『ショック・ドゥ・フューチャー』が好きな人こそが見るべきテクノ音楽映画です。サントラよすぎ。画面に映るのは確かに昭和のスポ根の世界なのだが音楽との組み合わせでこんなにかっこよくなっちゃうのだ。公開中。『世界で一番美しい少年』
電車の中でお化粧するほどなりふり構わず顔の綺麗さを追い求める読者が万が一いたら、そういう人ほど見るべき映画。元祖美少年俳優ビョルン・アンドレセンが受けた搾取や虐待…美しいってある意味災難なんですね。『ベニスに死す』『ミッドサマー』の舞台裏も見られます。公開中。『夜空に星のあるように』
ケン・ローチ御大のデビュー作がデジタルリマスターで公開に。窃盗か売春で食べるしかないくらいの貧困層の女の子が、DV夫と別れて優しい恋人に出会うが、彼もまた窃盗で逮捕されてしまい…これもまた教育の欠如の不幸を描いた珠玉作。だいぶシリアスですが。公開中。『なれのはて』
夢や女性を追いかけフィリピンに渡ったのはいいけれど向こうでド貧乏になっちゃって現地人のお情けにすがって生きる困窮法人たち。そんなおっちゃんたちを追ったドキュメンタリーですが、これがめちゃくちゃおもしろいのです。幸福とは何かについても考えさせられる傑作。公開中。『こんにちは、私のお母さん』
このおすすめ作の中でも一番の感動作。本作が長編デビューの中国人女性監督が自分の母の死を見つめ直して作った映画で、ドゥニ・ヴィルヌーヴが『メッセージ』で伝えようとしたのと同じことを、なんとコメディでやっている。この監督は今後も追いかけたいと思います。1月7日公開。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。Instagram @ cinema_with_kyoko
Twitter @ cinemawithkyoko