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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #77『ハケンアニメ!』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。  #77『ハケンアニメ!』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#77『ハケンアニメ!』

2022.05.20

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『ハケンアニメ!』。新人監督の瞳が同クールの同時間帯で天才監督に挑むお仕事映画。
恋愛とか関係なく女子の仕事の充実を描いた良作です。
寝ないで頑張るなど働き方改革と真逆の話が出てくるのには問題も感じつつ、
でもなぜこの映画を見るべきかをお話ししたいと思います!

Text_Kyoko Endo

女子(も男子も)必見のお仕事映画。

洋画邦画を問わず「原作を忠実に再現した」映画は、原作を先に知って感動していればいるほどまあまあおもしろいねって感想で止まってしまうことが多い。わざわざ多大な制作費をかけて映画化するのだからなんなら凌駕するくらいであってほしいですが、私が原作者だったら泣く悲惨作品や原作のトガった結末を薄めたヌル作品もあり“忠実に再現”はマシなほうかも。しかし理想的なパターンは「原作も良かったけど、映画の描き方はまたいい! 」となることですよね。

今回ご紹介する『ハケンアニメ!』はその理想パターンなんです。原作は2012年から2014年まで『anan』で連載された小説で、作者は辻村深月さん。アニメの制作現場を舞台に、監督の瞳、プロデューサーの香屋子、アニメーターの和奈の三人の女性を主人公にしたオムニバスの群像劇で、連載当時から注目を集めました。この3月にはスピンアウト作『レジェンドアニメ!』も刊行されました。

映画版は脚本がよく練られていて、原作世界をより盛り上げてくれています。原作ではカメオ的にしか登場しなかった別の編の主人公たちが、より直接的に関わりあっているのも楽しい。瞳と王子監督とのトークショーはかなり序盤で、瞳が「この作品で覇権取ります! 」と王子にバトル吹っかけたり。Metoo以前に書かれた原作のやや古風な女性像もアップデートされ、よりリアルになりました。

キャスティングもよく、演技派ばかり集まっているので安心して見ていられます。瞳を吉岡里帆が演じているのですが、なりふり構わず好きなことを頑張るクリエイター像に好感。ほか、プロデューサーの香屋子を尾野真千子、アニメーターの和奈を小野花梨が演じて女子の仕事の厳しさとやりがいを見せてくれます。男性陣は敏腕プロデューサーを柄本佑が、天才監督の王子役を中村倫也が、リア充公務員を工藤阿須加が演じています。

GCCを読み慣れたガール読者はかえって「なんかキラキラしすぎでカルチャー感ないんじゃないの? 」と思うかもしれませんが、そこは舞台がアニメ制作現場というところが補いすぎるほど補ってくれます。東映作品なので、主人公たちが制作する動画パートは東映アニメーション制作。王子監督が魔女っ子もので天才と言われている設定ですが、その魔女っ子ものをサリーちゃんからプリキュアまでやっているのは東映なのです。

アニメ部分の出来は素晴らしく、アニメパートのみスピンアウト作品化してもいいのではないか。映画の中でスマホで見ている登場人物に「大画面で見ろよ!」と突っ込みたくなる映像の美しさ。声優陣も豪華で、アニメパートの製作のために公開が遅れたとの噂も納得です。エンディングクレジットでアニメの設定画が見られるのもよき。

しかし私がこの作品を読者にお薦めするのは、好きな仕事を妥協なしにやっている女子の物語だから。好きなことを仕事にすることと、妥協のない仕事をすることは、じつはうまく重ならないことも多い。好きなことだからこそ妥協したくないはずなのに、環境やら状況やらで、気づくと妥協しまくっていた…私もそんな失敗をしてきました。

それに日本はジェンダーギャップ先進国最下位の国。いや、ジェンダーギャップでいえば後進国。ベテラン男性社員と若手の女性社員の意見が異なる場合、クリエイティブでどんなに正しくても女性の意見が採用されないことも。「でも私はこうしたいんです!」と女子が主張して現状打破する場面が描かれなければ未来は暗い。想像やロールモデルがないと物事は変わっていかないのです。それを見せてくれるのがこの映画の最もよいところ。

いまの日本の労働時間は週35時間以上。フルタイムで働いていれば、起きている時間の半分以上も職場にいることになります。その仕事が充実しているかどうか、仕事の質は人生を大きく左右します。言われたことを粛々とこなすより、積極的にコミットしたほうが仕事も充実します。それは女性も男性も同じことですよね。

いみじくも先日のインタビューでマイク・ミルズ監督がアーティストとして参加して真剣に自分の役割を果たすのがクリエイティブな仕事の例として『ゲット・バック』をあげていらっしゃいましたが、おそらく『ゲット・バック』に出ている人たちは「まあいいか」「仕方ない」「時間ないからこれで行こう」などとは言わなかったであろう。

妥協した仕事とやり切った仕事、その仕事に名前が残ってしまうとしたら、妥協を選ぶ人は少なくなるはずなんですが…。場合によっては妥協しろと迫る人と戦うしかない。そんなとき、この映画を見ているのと見ていないのとでは、気持ちの強さが変わると思うのです。

『ハケンアニメ!』

(2021/日本/128分)

監督:吉野耕平
出演:吉岡里帆、中村倫也、工藤阿須加
配給:東映
©️2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会
全国ロードショー
公式サイト

『ハケンアニメ!』だけじゃない! 5月のおすすめ映画。

今月は邦画豊作月間のよう。才能ある女性監督の長編デビュー作や意欲的なドキュメンタリー、必見アニメと見応えがあるものばかり。洋画もお仕事ものが目立ちます。

『マイスモールランド』

日本は難民鎖国。日本に育ちながら日本人として扱われず、進学どころか他県に出ることもままならないクルド人の女子高生サーリャをViVi専属モデルの嵐莉菜ちゃんが演じます。これが長編デビューの91年生まれ川和田恵真監督による珠玉作。公開中。

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』

出版エージェンシーに就職したジョアンナ。主な仕事は世界中から大量に届くサリンジャー宛のファンレターに定型文の返事を出しファンレターを破棄すること。しかし心動かされる手紙やおもしろい手紙に出会った彼女はこっそり返事を書き始め…。これも女子のお仕事物語。公開中。

『流浪の月』

性的虐待を受ける家に帰りたくない小学生の更紗は大学生の文の家に居ついてしまうが、そのために文は誘拐犯として逮捕されてしまった。15年後、成長した更紗は偶然文と再会するが――人気小説を李相日監督が映画化。ホン・ギョンピョによる撮影が素晴らしい! 公開中。

『グロリアス』

グロリア・スタイネムの人生と、70年代のアメリカのフェミニズム運動を描く。豪華キャスティングで学生時代〜記者時代のグロリアをアリシア・ヴィキャンデルが、有名になってからをジュリアン・ムーアが演じます。活動家役でジャネール・モネイも出演。公開中。

『夜を走る』

スクラップ工場に勤める秋本は、会社に営業に来ていた女性を弾みで殺してしまう。秋本は罪を上司になすりつけ逃亡するが…パッとしない日常なのにその日常を守りたい男子ムラ社会で、問題から逃避し流転する男のしょーもなさをしかしスリリングに描いた快作。公開中。

『私のはなし 部落のはなし』

過去に作品が部落問題でお蔵入りした映画監督が「じゃあ何が問題だったのか」掘り下げて学び直したすごいドキュメンタリー。差別する人々にもマイクを向け、あらゆる差別にどれほど根拠がないかを多角的に証明した弩級の傑作。5月21日公開。

『帰らない日曜日』

第一次世界大戦後の英国。身寄りのないメイドのジェーンは、外出が許される母の日に恋人に呼ばれて出かけていきますが、ある出来事から彼女の人生がまったく変わってしまいます…。これもまた、女性と仕事と人生の物語。貴族社会と英文学好きな方は是非。5月27日公開。

『犬王』

平家の呪いを受け盲いた友魚は琵琶法師となり、また別の呪いを背負って生まれた犬王に出会う。犬王と友魚の舞台はレイヴ化していき…古川日出男の原作を湯浅政明が映像化、音楽は大友良英で声優はアヴちゃん×森山未來と、カルチャー好きにはたまらないアニメ。5月28日公開。

『私だけ聴こえる』

東日本大震災のときろう者はどう避難したのか疑問に思った監督が取材中に出会ったのが、ろうの両親の元に生まれた健常児、コーダだった。そこから日本とアメリカのコーダの人々を取材して生まれたドキュメンタリー。アンコンシャスバイアスに気づかされる佳作。5月28日公開。

『ゴースト・フリート』

現代にも比喩でなく奴隷として働かされる人々が…。誘拐されたり騙されたりして遠洋漁業に給料もなく暴力的に従事させられた被害者たちを追ったドキュメンタリー。魚にもトレーサビリティが求められる時代。あなたが今日買った猫缶は大丈夫? 5月28日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
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