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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #78『ベイビー・ブローカー』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。  #78『ベイビー・ブローカー』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#78『ベイビー・ブローカー』

2022.06.16

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介する『ベイビー・ブローカー』は
「是枝裕和監督の新作だよ」「ソン・ガンホがカンヌで主演男優賞獲ったんだって!」
と話題になっているので、もう知れ渡ったことは書かず(すでに書いていますが…)。
ほかの見どころを書いていきたいと思います。

Text_Kyoko Endo

是枝監督×韓流の必見作。

赤ちゃんポストってご存知ですか。子どもを育てられない人々が匿名で子どもを預けることができる場所で、日本では唯一、熊本に民間施設があります。2007年の設置から2020年度末までに159人の子どもが預けられています。韓国にはもっとたくさんの赤ちゃんポストがあり、そのポストから赤ちゃんを盗んできて子どもをほしがっている親たちに売り渡すのが、タイトルのベイビー・ブローカー(オリジナルタイトルは브로커“ブローカー”)。もちろん非合法の人身売買です。

ソン・ガンホが演じるサンヒョンは、クリーニング店の経営者ですがヤクザに借金していて生活は苦しい。カン・ドンウォンが演じるドンスは、教会の赤ちゃんポストのバイト職員で、彼がサンヒョンを手引きしています。ドンスも母に捨てられた子どもで、養護施設に入れるよりいい養親を見つけたほうがいいと思っているのです。男の赤ちゃん100万ウォン、女の赤ちゃん80万ウォン(安!)という謝礼も動機の一部ですが。

サンヒョンが待ち構えている赤ちゃんポストに、若い女性が子どもを捨てにくるところから物語が始まります。『パラサイト』を思い出させるような大雨の中、彼女はポストの前に赤ちゃんを置いて、去ってしまう。この若い母親ソヨンを演じるのが“国民の妹”IU akaイ・ジウン。ところが彼女がやっぱり子どもを捨てるのはやめて、翌日教会に来てしまいます。

同時に、子どもの人身売買犯を現行犯逮捕したくて網を張っている女性刑事コンビがいます。この刑事たちがペ・ドゥナと『梨泰院』のイ・ジュヨン。どうせならいい親を探したいと親探しを見届けようとするソヨンのために、サンヒョン一行が釜山→麗水→仁川→ソウルと移動し、刑事が追いかけるロードムービーです。サンヒョンたちは良い親を見つけられるのか、それとも逮捕されてしまうのでしょうか…。

スターだらけのキャスティングが話題ですが、ほかの出演者もいい。たとえばドンスが育った養護施設に行くシーンで、施設を切り盛りしているのがキム・ソニョン。『不時着』の北の人民班長といえばすぐ思い浮かぶはず。また養護施設から「おじさんの養子にしてよ。ソン・フンミンみたいにお金を稼ぎたい」とついてくるサッカー小僧もすごくいい。子どもを手放すという悲しいテーマを扱いながら、この子の存在で作品が明るくコミカルになっています。

そしていいシーンが多い。私がとくにグッと来たのは張り込み中のペ・ドゥナが離れた夫に電話するシーン。同じ市内にいれば差し入れなどもしてくれる夫ですが、さすがに都市を跨いでは来られない。来ないとわかっている彼に「着替えの服を持ってきてよ」と甘えつつ「この音楽がかかる映画見たよね」と思い出を語る、夫との関係性が垣間見えるシーンです。そこでかかっているのがエイミー・マンの『ワイズ・アップ』。ということは刑事夫妻が一緒に見たのはPTAの『マグノリア』なのね。

と、ここまでわかりやすい見どころを書き連ねてきましたが、やはり赤ちゃんポストを題材にしているところがもっとも評価すべきところではないでしょうか。赤ちゃんポストということは生むことが前提になっているわけで、プロチョイスではない。私はプロチョイスですが、現実的に考えたら赤ちゃんポストはいまの日本になくてはならないものだと感じます。赤ちゃんポストは、行政のセーフティネットではどうにもならない人たちの最後の拠り所として機能しているからです。

赤ちゃんを入れる宅配BOXみたいな扉を見て、私たちはぎょっとするわけですが、そもそも母親だって入れたくて入れているのではない。入れざるを得ないから入れているのです。日本の赤ちゃんポストでは2019年度までの3年間で子どもを預けた25人の母親のうち19人が孤立出産だったというショッキングなデータもあります。つまり医療ケアを受けずに自宅や車で独りで産まなければならなかった、それだけ周りに相談できる人もいないし、なんのケアも受けられていないということです。

背景には婚前妊娠がスティグマになるような根強い女性差別、封建的な婚外子差別などがあります。孤立出産についてのNHK生活情報ブログは「未婚の女性が妊娠後にパートナーと連絡がとれなくなり、世間体も考えて親に迷惑をかけられないという思いから自宅で出産したというケースや、未成年の女性が堕胎を考えたものの、費用が捻出できずに自宅で出産したというケースがあった」と報じています。日本にはアフターピルさえなく、若い人ほど生活は苦しい。そりゃ、病院で安全に産めればいいけどそうできない理由が多すぎる。

韓国の場合は、中絶が合法化されたのがやっと2019年。女性と医師のみが罪に問われる堕胎罪があった国。しかも未婚の母が極端にタブー視される社会なので、未婚母子施設や赤ちゃんポストは日本以上になくてはならないものになってしまいます(それでも韓国のジェンダーギャップ指数は日本より20位近く上)。

そもそも女性が男性と同じ賃金を得られ、同じポストを得られ、未婚だろうと既婚だろうと子育てしやすい社会なら、自然にこうした施設は役目を終えられるのです。未婚の母への差別がなくなれば孤立出産なんてなくなるのです。が、こうした施設を非難する政治家に限って、性差別をガンガン助長する不思議…。

しかしこの映画では「一人じゃ何もできなかった」と心情を吐露するソヨンに、サンヒョンが「一人でなんでもやる必要ないよ」と答える。同様の台詞が多くの登場人物たちから重ねて語られていて、明らかに“子どもはみんなで、社会全体で育てるもんだろ?”というメッセージがあるのです。だから私はこの映画を推したい。

是枝監督はこれまでも社会のセーフティネットからこぼれ落ちてしまうような人を多く描いてきました。監督が海外で小津安二郎と成瀬巳喜男の正当な継承者と称されるのも、社会の周縁に生きる人への温かいまなざしがあるからではないでしょうか。

『ベイビー・ブローカー』

(2022/韓国/130分)

監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン
配給:ギャガ
©️2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED
6月24日(金)全国ロードショー
公式サイト

『ベイビー・ブローカー』だけじゃない! 6月のおすすめ映画。

偶然にも女性テーマの映画が豊作。また、韓国関連作や、是枝監督製作作品から生まれた邦画も同時期に公開。映画ってエンタメとしても芸術としても素晴らしく、かつ社会情勢もわかる、よきメディアですね。

『三姉妹』

長女役を演じるキム・ソニョンの演技がここでも光ってます。父のDVに耐えてきた姉妹たちがそれぞれタフに生きていく人間ドラマ。DVが人格形成にどんな影響を与えるかを浮き彫りにしつつ、姉妹という遠くも近い関係をコミカルに描く秀作。6月17日公開。

『ポーランドへ行った子どもたち』

朝鮮戦争時、大勢の韓国の戦災孤児たちが西側諸国に養子に出されたが、北朝鮮の孤児たちは東側の国の施設で養われていた――事実を知ったチュ・サンミ監督はポーランドに渡り、北の子どもたちの足跡を辿る。一流俳優によるドキュメンタリー。6月18日公開。

『あなたの顔の前に』

俳優をやめてアメリカで暮らしていたのに、突然帰国したサンオク。彼女の帰国の理由とは…? 人生の黄昏を迎えた女性の一日を追いながら、瞬間瞬間を生きることの美しさに迫る、ホン・サンス監督の珠玉作。『イントロダクション』と同時に6月24日公開。

『スープとイデオロギー』

素晴らしくおいしそうな参鶏湯のレシピと一緒に、韓国で過去に起こった白色テロの歴史まで知ることができるすごいドキュメンタリー。北朝鮮への入国を禁止されながらも北朝鮮に行った家族の物語を撮り続けているヤン・ヨンヒ監督の新作。なぜ母が北朝鮮に兄たちを送ったのか、そこには韓国の黒歴史が…公開中。

『PLAN 75』

是枝裕和製作総指揮の若手監督によるオムニバス『十年 Ten Years Japan』の一編の長編化。超高齢化した未来の日本で老人たちに自死を勧める政策が施行されるディストピアS F、一生懸命一人で生きてきたのにPLANに追い込まれていくミチの運命は…。6月17日公開

『FLEE』

ポン・ジュノ、デル・トロ、キュアロンが絶賛。アフガニスタンからデンマークへ亡命した青年の体験を、登場人物たちの安全を守るためにアニメにしたという異色作で、声優は亡命者本人。亡命できれば幸福というものではない現実を描きつつアニメの可能性を広げた良作。公開中。

『母へ捧げる僕たちのアリア』

団地住まい、男子ばっかり4人兄弟の移民の末っ子のヌールは、寝たきりの母親のためにオペラを大音量でかけるのが日課。ある日、罰としての掃除で学校に行った彼は、音楽教師の前で歌うことになり…。少年が歌を通して成長していくみずみずしい作品。6月24日公開。

『ドンバス』

これを見ずしてウクライナのことを書いたりリツイしたりしてはなりませぬ。ベラルーシ生まれウクライナ育ちのロシアの名匠による劇映画。2018年に製作され、カンヌの〈ある視点〉部門監督賞を受賞。ウクライナの今日を予見した傑作です。公開中。

『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』

児童文学作家ケストナーの風刺小説『ファビアン』の映画化。恋愛と将来に悩む32歳の主人公をトム・シリングが演じます。クラブカルチャーや映画が華やかながら、ナチスが台頭していく1931年のベルリンは、まるで2022年の東京のよう。公開中。

『彼女たちの革命前夜』

1970年のロンドン、女子を外見だけで判断するミスコンをつぶしたい元気な女子たちと、ミス・ワールドでチャンスを掴みたい女子たち。両方の気持ちをちゃんと描いて、しかも痛快な必見作です。原題は『Misbehaviour』。それこそ「わきまえない」ってことね。公開中。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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