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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #80『Zola ゾラ』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。  #80『Zola ゾラ』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#80『Zola ゾラ』

2022.08.26

本当に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介する『Zola ゾラ』は、かわいい白人の女の子に誘われて一緒にバイト旅行に出かけたけど、
彼女のルームメイトとして紹介された同行者が暴力的なヒモで、
自分まで売春を強要され、危ういところで――という黒人の女の子アザイア“ゾラ”キングの体験を元にした作品。
地獄のような現実を美しい映像にしてしまった驚きの逸品です。

Text_Kyoko Endo

美しい風景なのに悪夢の中にいる。

あまりにも面白いこの話は2015年にTwitterに登場して、148本のツイートそのものが話題になって、さらにローリングストーンのインタビューを受けたら大きくバズった実話。その一連のツイートは#thestoryと呼ばれ、ミッシー・エリオットやソランジュなど有名人も夢中になっちゃってバズりまくり、アザイアは時の人に。#thestoryはジェームズ・フランコが監督するはずだったけど、監督が黒人女性のジェニクサ・ブラヴォーに変わり、でも公開がコロナで遅れ…と映画もニュースになり続けていたようです。

とにかく元のツイートが強烈(ローリングストーンの記事から読めるけれど、ただ検索しても出てきます。元のTwitterはあまりにも盛り上がったときにアザイア本人が消しているのですが、スクショされたものが出回っているんですよね)。アザイアの文章が上手すぎて真偽を疑われ、黒澤大先生の『羅生門』のようにも言われていたけれど、その後ヒモが逮捕されたりして、やっぱり本当だったのか、ヤベエと改めて話題に。

映画はむしろリアル度を高めるために薄めている部分もあったりするのでした(あまりにも安い売春の価格などは映画の方が50ドル高かったり…)。ゾラのツイートをそのまんまなぞりつつ、ステファニの反論なども取り入れてエンタメとしてかなりうまく作ってあります。

ゾラがバイトしているフーターズに客としてステファニがやってきて、ゾラとステファニが、お互いにポールダンスをやっていると知って意気投合するところから映画が始まります。ゾラを演じるのは『マ・レイニーのブラックボトム』のテイラー・ペイジ、ステファニを演じるのはGCC第1回でご紹介した『アンダー・ザ・シルバーレイク』のライリー・キーオなんです。

だからタイトルが出る前から美しい女子たちで画面はキラキラしているのですが…めっちゃゴージャスな俳優がグラマラスに演じているけど、描かれているのは売春を強要させられてる女の子たちがいるアメリカの暗部…なのでした。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のアリ・ウェグナーが撮影しているので、地獄のような旅なのに風景は信じられないような美しさ。美しい風景なのに、悪夢の中にいる。そこにミカ・レヴィの曲がかかる素晴らしさを大画面で体感してほしいです。

危機から逃げ出した女の子が語り手なので、不思議な明るさもあり、教訓物語とも読み取れるのですが、実際の事件は本当に悲惨。モデルになったヒモのナイジェリア人、アクポロデ・ウェジョジェブウェの逮捕については書きましたが、経緯が本当に怖い。ステファニのモデルになったジェシカ・スウィアコウスキがまたも二人の女子を騙して、その二人は軟禁され売春させられていたが、一人が逃げ出して助けを求めたことから事件が発覚して、現行犯逮捕されたという…。映画の後日談が映画と同じくらいエクストリームなんでした。

じゃあなんでステファニはヒモと一緒になって同性の若い子を騙したんだろう…と思う人も多いのではないかと思います。私の個人的な見解ですが、彼女は境界知能の人らしく見えるんですよね。

境界知能とはI Q70〜84の知能のこと。平均値より低く、でも知的障害と見なされるIQ70以下ではない。障害と見なされないので支援から取りこぼされてしまいますが、学校や社会システムは大体100くらいの人に合わせて作られていて、I Q80代でも生きづらいだろうと思います。境界知能では頑張っても成績などが上がりにくく、頑張っていないと決めつけられて落ちこぼれやすかったり、同級生からいじめられやすかったり、普通の友だちが出来にくかったりする。これをやったらこうなるだろうからやめておこう、という思考が働かず、コミュ力も低いので友だちだろうと言われれば、悪い人のお手伝いもすぐしてしまう。

未来を考える力が弱いのでその場しのぎですぐにバレる嘘をついてしまう、人に流されやすい、など、専門書でありがちとされる行動がステファニにはすべて当てはまっています。またこのところ、境界知能映画が多いんです。『こちらあみ子』も『ニトラム』も、原作や元になった事件で主人公たちははっきりと知能の問題を抱えていました。そうとは書かれていない『本気のしるし』や『WANDA』も、主人公たちの行動に同じパターンが見られます。

ステファニのモデルになったジェシカの反論はredditからは削除されたらしく見つけられなかったのですが、監督によれば、ステファニの行動はジェシカの投稿をそのまま反映しているそう。ライリーってめっちゃ演技うまいなと改めて思いつつ、明らかにわかる嘘をついているステファニに「やっぱり…」という気持ちに。悪質なヒモの言うことも、保護者の言うことをそのまま聞く子どものように聞いてしまっていたのでは…。

しかしもしもステファニ/ジェシカがある程度裕福で、教育熱心な家庭で育ったのなら、境界知能であってもリカバーできたかもしれないのです。いまは研究が進んでいろいろな対処法が生まれているし、IQって割と訓練でどうにかなったりする。また、小学校から私立に入って大学まで出てしまえば、周囲も自分もIQの低さに気づかず“ちょっとテンポが違う人”と思われる程度でむしろ個性を発揮して幸せに生きられた可能性もありえます。じつは境界知能問題も格差問題なのです。

一方、ゾラ/アザイアは家族に恵まれ(ローリングストーンの記事によればお母さんはパラリーガル)普通にハイスクールを卒業していて、地頭もいい上に法律の知識もあるので人に助けを求めやすい。ボキャブラリー自体がステファニとは違うのです。ステファニは容姿には恵まれましたが、アルコールとドラッグの問題を抱えた家庭に育って、いざというとき頼れる家族もいませんでした。

親ガチャという人もいるかもしれませんが、極端な家庭の格差で二人の女子の運命は決定的に分かれている。流行りモノを詰め込んだファッショナブルな映画と見せかけつつ、じつはこれは美しい映像で凄まじい現実を描写した映画なのです。

『Zola ゾラ』

(2021/アメリカ/86分)

監督:ジャニクサ・ブラヴォー
出演:テイラー・ペイジ、ライリー・キーオ
配給:トランスフォーマー
© 2021 Bird of Paradise. All Rights Reserved 公式 HP
8月26日(金)全国ロードショー
公式サイト

『Zola ゾラ』だけじゃない! 8月のおすすめ映画。

まだまだ暑い日が続きます。ビールやパフェで涼むのも良いですがカロリーオーバーが気になるなら映画館へGO(なんでジムに行かないのかというツッコミはさておき)今月も面白い映画だらけ。映画館の換気システムはバッチリですが、コロナ対策もお忘れなく。

『アートなんかいらない!』

とりあえず観て!と勧めたくなるドキュメンタリー。美術手帖で賛美されるような人々と絶対美術誌に載らないような人々の生々しい証言を集めていて、観ている側の思考も触発されまくります。アートに関心があってもなくても、ワクワクさせられるすごい映画。公開中。

『スワン・ソング』

引退して引きこもっていたゲイの老美容師が、昔の親友の死で死化粧を依頼され…おしゃれってこんなにアイデンティティに関わるのか! 美容に興味がある人必見の人間ドラマ。主人公のビッチな老ゲイ役のウド・キアーの素晴らしい演技も見もの。公開中。

『みんなのヴァカンス』

フェリックスは恋人を追って彼女のヴァカンス先に訪ねていくが…最初は登場人物の身勝手さに呆れながら、しかし見終わると全員を好きになっている素晴らしいコメディ。ギヨーム・ブラック監督が演劇学校の生徒と撮ったみずみずしい良作。癒されます。公開中。

『ぜんぶ、ボクのせい』

施設を逃げ出して母を探したものの、育児放棄された少年。ホームレスの男のところに自分の居場所を見つけたと思ったのも束の間…。飄々としたホームレスを演じるオダジョーが清涼剤になるが、やるせない結末。現代日本の歪みを描く、アナーキーな作品。公開中。

『セイント・フランシス』

人生に悩むブリジットはベビーシッターのバイトで、レズビアンの家庭の6歳のフランシスに出会う。突拍子もないことを言う子どものおもしろさもさることながら、本来女性の身体の問題のはずの生理、妊娠、出産、中絶を素晴らしくフラットに描いた珠玉作。公開中。

『きっと地上には満天の星』

施設に子どもを取られまいとNYの地下鉄の廃トンネルで独りで娘のリトルを育てているニッキー。しかし立ち退きを迫られ…。子役も含め全員の演技が素晴らしい秀作。監督と脚本をともに務めたセリーヌ・ヘルドとローガン・ジョージは今後要チェックです。公開中。

『ロックン・ロール・サーカス』

ザ・ローリングストーンズの結成60周年とチャーリー・ワッツ追悼特別企画で、伝説のライブ映像が劇場公開に。ジョン・レノンと絡むミック・ジャガーやポップなライブで前衛やっちゃうオノ・ヨーコなど貴重映像しかない…。これこそいいスピーカーのある劇場で!公開中。

『失われた時の中で』

ベトナムで撒かれた枯葉剤は米軍兵士の肉体をも蝕んだが――フォト・ジャーナリストだった夫の死をきっかけに問題を世に問うべくドキュメンタリー作家になった坂田監督の圧倒的な熱い必見作。上映時間1時間ながら、知っておくべき事実ばかりのすごい情報量です。公開中。

『彼女のいない部屋』

上演されなかった舞台演劇台本に感銘を受けたマチュー・アマルリックの監督&脚本作。格差など関係なく家族と幸福に暮らしていても起こる不幸を衝撃的に描いた作品。ものすごくかわいそうなので、いま幸福な人だけに勧めますが、観たあとで効いてくる傑作です。公開中。

『キングメーカー 大統領を作った男』

軍人独裁国家だった韓国で、初めて民主的に選挙で選ばれたリベラルの大統領金大中と彼の選挙参謀をモデルにした社会派エンタメ。勝共連合と統一教会のカップリングにも一役買ったと噂されるKCIAの妨害がエグいです(演じた俳優は好き)。これぞ韓流映画の真骨頂。公開中。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
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