GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#80『Zola ゾラ』
本当に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介する『Zola ゾラ』は、かわいい白人の女の子に誘われて一緒にバイト旅行に出かけたけど、
彼女のルームメイトとして紹介された同行者が暴力的なヒモで、
自分まで売春を強要され、危ういところで――という黒人の女の子アザイア“ゾラ”キングの体験を元にした作品。
地獄のような現実を美しい映像にしてしまった驚きの逸品です。
Text_Kyoko Endo
美しい風景なのに悪夢の中にいる。
あまりにも面白いこの話は2015年にTwitterに登場して、148本のツイートそのものが話題になって、さらにローリングストーンのインタビューを受けたら大きくバズった実話。その一連のツイートは#thestoryと呼ばれ、ミッシー・エリオットやソランジュなど有名人も夢中になっちゃってバズりまくり、アザイアは時の人に。#thestoryはジェームズ・フランコが監督するはずだったけど、監督が黒人女性のジェニクサ・ブラヴォーに変わり、でも公開がコロナで遅れ…と映画もニュースになり続けていたようです。
とにかく元のツイートが強烈(ローリングストーンの記事から読めるけれど、ただ検索しても出てきます。元のTwitterはあまりにも盛り上がったときにアザイア本人が消しているのですが、スクショされたものが出回っているんですよね)。アザイアの文章が上手すぎて真偽を疑われ、黒澤大先生の『羅生門』のようにも言われていたけれど、その後ヒモが逮捕されたりして、やっぱり本当だったのか、ヤベエと改めて話題に。
映画はむしろリアル度を高めるために薄めている部分もあったりするのでした(あまりにも安い売春の価格などは映画の方が50ドル高かったり…)。ゾラのツイートをそのまんまなぞりつつ、ステファニの反論なども取り入れてエンタメとしてかなりうまく作ってあります。
ゾラがバイトしているフーターズに客としてステファニがやってきて、ゾラとステファニが、お互いにポールダンスをやっていると知って意気投合するところから映画が始まります。ゾラを演じるのは『マ・レイニーのブラックボトム』のテイラー・ペイジ、ステファニを演じるのはGCC第1回でご紹介した『アンダー・ザ・シルバーレイク』のライリー・キーオなんです。
だからタイトルが出る前から美しい女子たちで画面はキラキラしているのですが…めっちゃゴージャスな俳優がグラマラスに演じているけど、描かれているのは売春を強要させられてる女の子たちがいるアメリカの暗部…なのでした。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のアリ・ウェグナーが撮影しているので、地獄のような旅なのに風景は信じられないような美しさ。美しい風景なのに、悪夢の中にいる。そこにミカ・レヴィの曲がかかる素晴らしさを大画面で体感してほしいです。
危機から逃げ出した女の子が語り手なので、不思議な明るさもあり、教訓物語とも読み取れるのですが、実際の事件は本当に悲惨。モデルになったヒモのナイジェリア人、アクポロデ・ウェジョジェブウェの逮捕については書きましたが、経緯が本当に怖い。ステファニのモデルになったジェシカ・スウィアコウスキがまたも二人の女子を騙して、その二人は軟禁され売春させられていたが、一人が逃げ出して助けを求めたことから事件が発覚して、現行犯逮捕されたという…。映画の後日談が映画と同じくらいエクストリームなんでした。
じゃあなんでステファニはヒモと一緒になって同性の若い子を騙したんだろう…と思う人も多いのではないかと思います。私の個人的な見解ですが、彼女は境界知能の人らしく見えるんですよね。
境界知能とはI Q70〜84の知能のこと。平均値より低く、でも知的障害と見なされるIQ70以下ではない。障害と見なされないので支援から取りこぼされてしまいますが、学校や社会システムは大体100くらいの人に合わせて作られていて、I Q80代でも生きづらいだろうと思います。境界知能では頑張っても成績などが上がりにくく、頑張っていないと決めつけられて落ちこぼれやすかったり、同級生からいじめられやすかったり、普通の友だちが出来にくかったりする。これをやったらこうなるだろうからやめておこう、という思考が働かず、コミュ力も低いので友だちだろうと言われれば、悪い人のお手伝いもすぐしてしまう。
未来を考える力が弱いのでその場しのぎですぐにバレる嘘をついてしまう、人に流されやすい、など、専門書でありがちとされる行動がステファニにはすべて当てはまっています。またこのところ、境界知能映画が多いんです。『こちらあみ子』も『ニトラム』も、原作や元になった事件で主人公たちははっきりと知能の問題を抱えていました。そうとは書かれていない『本気のしるし』や『WANDA』も、主人公たちの行動に同じパターンが見られます。
ステファニのモデルになったジェシカの反論はredditからは削除されたらしく見つけられなかったのですが、監督によれば、ステファニの行動はジェシカの投稿をそのまま反映しているそう。ライリーってめっちゃ演技うまいなと改めて思いつつ、明らかにわかる嘘をついているステファニに「やっぱり…」という気持ちに。悪質なヒモの言うことも、保護者の言うことをそのまま聞く子どものように聞いてしまっていたのでは…。
しかしもしもステファニ/ジェシカがある程度裕福で、教育熱心な家庭で育ったのなら、境界知能であってもリカバーできたかもしれないのです。いまは研究が進んでいろいろな対処法が生まれているし、IQって割と訓練でどうにかなったりする。また、小学校から私立に入って大学まで出てしまえば、周囲も自分もIQの低さに気づかず“ちょっとテンポが違う人”と思われる程度でむしろ個性を発揮して幸せに生きられた可能性もありえます。じつは境界知能問題も格差問題なのです。
一方、ゾラ/アザイアは家族に恵まれ(ローリングストーンの記事によればお母さんはパラリーガル)普通にハイスクールを卒業していて、地頭もいい上に法律の知識もあるので人に助けを求めやすい。ボキャブラリー自体がステファニとは違うのです。ステファニは容姿には恵まれましたが、アルコールとドラッグの問題を抱えた家庭に育って、いざというとき頼れる家族もいませんでした。
親ガチャという人もいるかもしれませんが、極端な家庭の格差で二人の女子の運命は決定的に分かれている。流行りモノを詰め込んだファッショナブルな映画と見せかけつつ、じつはこれは美しい映像で凄まじい現実を描写した映画なのです。
『Zola ゾラ』
(2021/アメリカ/86分)監督:ジャニクサ・ブラヴォー
出演:テイラー・ペイジ、ライリー・キーオ
配給:トランスフォーマー
© 2021 Bird of Paradise. All Rights Reserved 公式 HP
8月26日(金)全国ロードショー
公式サイト
『Zola ゾラ』だけじゃない! 8月のおすすめ映画。
まだまだ暑い日が続きます。ビールやパフェで涼むのも良いですがカロリーオーバーが気になるなら映画館へGO(なんでジムに行かないのかというツッコミはさておき)今月も面白い映画だらけ。映画館の換気システムはバッチリですが、コロナ対策もお忘れなく。
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遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
Instagram @ cinema_with_kyoko
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