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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #91『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。  #91『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#91『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

2023.10.20

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回は『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』、
全米ベストセラーの傑作ノンフィクションをマーティン・スコセッシが映画化。
プロデューサーと主演がレオナルド・ディカプリオ、
Apple TV+の共同出資および共同配給も話題になりました。
果たして傑作。3時間26分の上映時間もあっという間です。

Text_Kyoko Endo

スコセッシがディカプリオと描くUSA黒歴史。

アメリカ先住民オセージ族の人々が草原のテントで埋葬の祈りを行っている場面から映画は始まります。私たちの儀式はもう行えなくなる、外で聞いている子どもたちは別の言葉で白い人に教わることになる…。21世紀のいま、アメリカ先住民が白人入植者に土地を追われたことを知らない人はいないと思います。先住民たちを無理矢理同化しようとした当時のアメリカ政府は先住民が昔からの暮らしを続けられなくするためにバッファローを絶滅寸前に殺しつくすことまでやりました。

舞台となっているオクラホマ州が、インディアンを集めておく土地でした。オクラホマとは先住民チョクトー族の言葉が語源。oklaは人々または国、hummaは「赤い」という意味だと言われているけど、本来hummaは「勇気ある」「名誉ある」って意味だそうです。先住民はもともと全米中で暮らしていたのに、各地から家畜のように追われて強制移住させられたのです。数十年かけて大陸を徒歩で移動させられ、病気や飢えで総員の三分の一が亡くなった部族もありました。

しかしこの映画のオセージ族の人々は、ただ黙って移動させられないよう、何回めかの強制移住に際して、自分たちで土地を買ったのです。それも緑あふれる土地では白人がすぐ横取りしにくるからと「でこぼこで、岩だらけで、痩せていて、耕作には不向き」な土地を。しかしそこから石油が出ちゃった。

石油は巨万の富に結びつきます。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『ゲティ家の身代金』など石油王を描いた映画は多いですが、そんな石油王たちに採掘権をリースするオセージ族も屋敷や車を買い運転手を雇えるほどリッチになりました。しかしオセージの土地に、また強欲な白人が押し寄せてしまいます。しかも当時のアメリカ政府は人種差別から先住民には判断能力がないと決めつけ、先住民の財産を管理させるという名目で白人の後見人をつけさせました。後見人のうち善人は一握り、先住民の財産は白人男性ばかりの後見人たちにどんどん収奪されていきました。

そのオセージ族の中で健康で若いのに原因不明で亡くなっていく人たちが増加し始めます。財産の着服、横領だけならまだしも(これも許されないことではありますが)後見人や結婚相手の白人に財産目当てで殺されているのではないか…。おまけに当時は禁酒法時代で酒は密造酒だったので毒を仕込むのも簡単。科学的捜査法も誕生したばかりで地方には到達していません。

コミュニティ全体に疑惑が浮上しているころ、ディカプリオ演じるアーネストはリッチで美しいオセージ族の娘モリーと出会います。白人には先住民蔑視があり、オセージ族には白人を警戒する声もあったのですが、アーネストとモリーは恋に落ちて結婚、しかしモリーの姉が行方不明になって遺体で発見され…というところまでがほんの導入部です。

オセージ族はお金はあっても自由に使えないし、ボラれ、着服され、権利を剥奪されて、子どもが病気なのに後見人が治療費を引き出させてくれず、子どもが死んでしまった…なんて話が現実にあったほどでした。殺人事件の捜査も地元警察はまともにやってくれません。裁判になったとしても陪審員は白人のジイさんばかり。白人にしか人権を認めないとしたら先住民が殺されることが殺人だという認識がそもそもあるのでしょうか。

地元の司法は頼りにならないと、危機感を募らせたオセージ族が米政府高官に直訴して、やっと派遣されてくるのがのちの連邦捜査局(FBI)当時はまだ捜査局(B I)の捜査官トム・ホワイトです。トム・ホワイトは現場からの叩き上げで、フーヴァー(ディカプリオが『J・エドガー』で演じましたね)が集めた大卒捜査官の中では異色の存在でしたが、組織として初めての大規模殺人捜査でなんとかして成果を出す必要があったのです。

このトム・ホワイトは原作によると冷静沈着なうえ神のように公平な人だったらしく、オセージ族の立場に立って捜査を進めてくれるのですが、腐敗しきった地元白人コミュニティの妨害がエグく、容疑者も裁判で証言を翻すなど、ずっとハラハラさせられます。

右往左往するディカプリオの演技は見事で、ほかのキャスティングもピッタリ。捜査官のトム・ホワイトをジェシー・プレモンス、地域のボスをロバート・デ・ニーロ、モリーをリリー・グラッドストーンが演じています。脇役も素晴らしく、ほんの少ししか出てこない弁護士役が『ザ・ホエール』のブレンダン・フレイザーだったりして豪華なうえリアルなんです。

特筆すべきはやはりデ・ニーロで、悪魔のように頭が切れるが何を考えているかわからないフリー・メーソン会員を魅力的に演じます。石油王に限らず多すぎるお金ってやっぱり人を狂わせるのですが、誰が悪いのかがわからない前半は推理、わかってからはサスペンス、そしてもちろん法廷劇…と何通りもの味わい方ができる映画です。

私は映画を見てから原作を読んだので、登場人物の行動にいちいちびっくりして「あなたそんなに悪い人だったんですか!」と驚きの連続でした。でも原作を読んだ方はスコセッシとエリック・ロスの脚本をより楽しめそう。私もIMAXで見直したいと思っています。原作は映画では描かれていない事件や闇に葬られた殺人の疑いについても書かれていて悪い白人がゲッソリするほど登場します。スコセッシはこれでも欲望の黒歴史をとっつきやすくしてくれているんですよ。

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

(2023/アメリカ/206分)
監督:マーティン・スコセッシ
出演:レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、リリー・グラッドストーン
配給:東和ピクチャーズ
画像提供 Apple
10月20日(金)より世界同時劇場公開
公式サイト

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』だけじゃない! 10月のおすすめ映画。

今月は世界の異色作が多いです。やはり芸術の秋ってことなんでしょうか。新しい世界を見てみたい、新しい価値感を得たい人にお勧めの作品を選んでみました。ちょっとウイアードな作品多めです。

『メドゥーサ・デラックス』

A24が北米配給権獲得。ヘアコンテストに出場予定だった美容師が変死。被害者はバイセクシュアルで、彼を恨む男も女もいる…弾丸のような強烈な台詞の応酬から浮かび上がる人間模様。ハイファッション界御用達、ガガたんのヘア・メイクも手がけるユージン・スレイマンが作り上げたヘアは必見、公開中

『ヨーロッパ新世紀』

クリスティアン・ムンジウ監督のカンヌコンペ作。ルーマニア、トランシルバニア地方の村にもグローバル化の波は訪れ、パン工場にスリランカ人たちが雇われますが、職を奪われると村人は大反発。村は不穏な空気に。まともな人間は出ていってしまうような村の未来は…。公開中

『宇宙探索編集部』

90年代は大人気、いまは廃刊寸前のUFO雑誌『宇宙探索』。編集部の経済的逼迫も我関せずでUFOを追い続けるタン編集長は、編集部員たちとともに超常現象が起きたとテレビで報道された村にやってきますが…センス勝負の手作り感がいい感じのインディーズ中国S F。公開中

『アアルト』

北欧デザインといえば必ず名前が上がるフィンランドのアアルト夫妻。アメリカのイームズよりずっと前の1920年代から70年代まで活躍。夫妻の書簡や、妻アイノ没後の二人目の妻メリッサ、建築家や美術史家へのインタビューで構成された目眩くドキュメンタリー。美しいものを見たい方にお勧め。公開中

『シック・オブ・マイセルフ』

チンケな盗みを自慢するような“芸術家”と付き合っているカフェ店員のシグネ。彼がひょんなことから画廊デビューして評価が高まり、シグネは自分も注目を浴びたくなり、わざわざ病気になるような薬に頼ってしまいます。自意識が止まらないシグネの暴走の行方は。ノルウェーの新鋭による怪作。公開中

『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』

フランスの原子力電力会社アレバ社で労働組合の代表をしているモーリーンは、会社が潰されるという内部告発を受け組合員のため抵抗しますが、何者かにレイプされてしまいます。しかも憲兵隊がそれを虚偽と決めつけ…モーリーンの名誉回復の闘いが感動的。主演はイザベル・ユペール。10月20日公開

『極限境界線』

アフガニスタンに宣教に行った韓国のキリスト教徒たちがタリバンに人質として拉致された実話を映画化したアクション娯楽作。ファン・ジョンミンが外交官、ヒョンビンが情報部員役で、女性監督の作品らしくヒョンビン・ファンへの目配りが効いてるところもうれしい。10月20日公開

『悪い子バビー』

日本ではビデオ公開しかされていなかった93年の異色作が劇場公開! 毒母に35年間閉じ込められて生活し外の世界を知らないバビー。前半30分間はおぞましいの一言ですが、その後の突き抜け感が凄まじく、祈るような気持ちでバビーを見ているうちに最後には不思議な感動が。10月20日公開

『ショートストーリー』

わずか15分のファンタジー。二足歩行の黒猫が出会うのは悪魔や記憶を失う麺を食べる女…中国の奇才ビー・ガン監督の視覚の冒険。業界初、15分の作品の500円での劇場上映も話題に。10月27日公開。60分ワンショット撮影で人々を驚かせた『ロングデイズ・ジャーニー』の3D上映も。

『こいびとのみつけかた』

みんなと同じようにするのが難しい植木屋さんのトワはコンビニで働いている園子が大好き。先輩にけしかけられ、ついに行動を起こしますが…。こんなにほっこりして笑えるカップルは見たことがないかも!“普通”ってどういうことなのか疑問をつきつける清々しい“メロドラマ”。10月27日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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