GCC拡大版! マイク・ミルズがリアルな映画にこだわる理由。
You Just Have to C'MON C'MON.
GCC拡大版!
マイク・ミルズがリアルな映画にこだわる理由。
2022.04.20
『人生はビギナーズ! 』では父、『20センチュリー・ウーマン』では母と、
家族の物語を映画にしてきたマイク・ミルズ。
お子さんが赤ちゃんだったころ入浴させているときに「これを映画にしよう! 」と
思いついたことが発端で、新作『カモン カモン』が生まれました。
しかし父親と息子ではなく、子どもがいないラジオインタビュアーの伯父が急に子どもを預かる物語に。
カルチャーアイコンへのインタビューは時間との戦い…だが、とても誠実に応えてくれるマイク。
最後の最後にまだ2分ある! と思って聞きたかったことを投げかけてしまったのですが、
彼の人生への向き合い方が現れている率直なお答え。是非ご一読ください!
Text_Kyoko Endo
- ―お子さんとの会話から生まれた台詞はありますか。
- 子どもとの会話や生活から生まれたたくさんのものが混ざった感じだね。直接ジェシーの台詞になったのもあるよ。脚本を書くのに煮詰まっていたとき「もっと笑えるようにするか、もっとシリアスにするかどうしよう」と聞いたら「ふざけよう、コンマ、そうできるときは、ピリオド」。カンマとピリオドが短い一文のなかにあるのがすごくおもしろいなと思って脚本に入れて(*注・日本語で言えば、点と丸をそのまま音読しているような感じ&英語では普通は長い文章にしかカンマは使わないのです)、でもジェシーじゃなく、ジェシーの父親の台詞になったんだ。そんなふうにあちこちに混ぜこんだ感じかな。
- ―ジェシー役の子役のウディ・ノーマンは天才的でしたが、彼に演出するときどんなことに気をつけていましたか?
- ウディについていえば、ほかの俳優とおもしろいほど変わらなかった。でもウディはすごく知的だよね? それにすごくリアルなんだ。彼の感性が好きだよ。僕の主な仕事はウディにパワフルで正しい演技をしていると感じさせることだったかもしれない。信頼関係を作るのが大事だったんだ。だからこそ俳優たちが自由に演技できて、遊んでいるみたいに感じられるんだよ。どんな演技も試せるように、何をしても問題は何も起こらないよって感じさせるのが大事なんだ。ホアキンにしてもウディにしてもギャビーにしてもこれは同じで、僕が常に努力しているのは俳優の感性に力を与えることなんだ。
- ―それは自然な流れに任せるということですか?
- うーん、なんていうか…もちろん流れは見るけど、相手に自信を持たせるのにはこちらもかなり努力しないといけない。その人をどれだけ知っているか、その人が自分のどんなところを弱みだと思っているのか、そういうことを理解していなければいけない。やらせたいことを彼らができないと思っているときに、どう対応するか。理解してサポートすれば、できると感じてもらえるかもしれない。命令されたり晒されたり批判された気持ちにさせないことが大事なんだ。ときには「僕にはできない」「どうしたらいいかわからない」「意味がわからない」という相手を説得しなければならないこともある。音楽を演奏するための道を見つける手助けをするのに努力しているような感じかな。それで彼らが演奏できる気持ちになれるってことなのかも。
- ―ではどんなときにリテイクを出すんでしょうか?
- 撮影ってこと? 僕はいつもカメラは撮影を始めたら最後まで回してるほうなんだよ。僕はこういう(カチンコを打つジェスチャー)ことはしないで、カメラがもう回っている状態で俳優たちに話してもらう。カメラが回っているところで話してもらうと、よりカジュアルで、自然で、スローになるよね。カメラを回して「わっ、撮影始まったの?」(緊張して固まる)となるのを避けたいんだ。「気がつかなかった、カメラ回ってたの?」ぐらいの状態で始めて、カットはかけないで「もう一回やってもらえる?」と何回か演技してもらう。なんにも指図しないか、言ったとしてもひと言くらい。それを4、5、6、7回ぐらい…止めないで続けるんだ。それがいいんだよ。料理するとき、じっくり弱火で煮ながらその場を離れたりするよね。温めつづけて変化させつづけるんだ。「OK、じゃあ火を止めようか」と戻ると料理ができているよね。方向性を示してポイントだけ伝えて本当にゆっくり待つんだ。ギリギリの撮り方だと必ず問題が起こってしまう。あと、どんなシーンでも最低5から10テイクは撮るほうだね。
- ―ホアキン・フェニックスとの仕事はいかがでしたか?
- ホアキンのことは大好きだ。話もうまくて、映画も撮れるし、演技も…あんなにおもしろくて頭がいい人はいない。それに物語を深く解釈する人だしね。作品と監督に対して…僕に対しても敬意を払ってくれる。ホアキンはクレイジーでダークでおかしな人だと思われていると思うけど、あんなによく働く人はいないし、謙虚で、撮影への集中力が高くて機会を逃さない。彼と映画を撮れるのは特権だよ。実は『カモン カモン』を撮ってからホアキンと一緒に映画館に行ったんだ。ホアキンは観客にお礼を言いたかっただけだったみたいで。事前予告なしで、月曜の夕方5時の回だったので、観客は4人くらいしかいなかった。彼は「ホアキンがいる」と騒がれたくなくて、僕の名前を言わないでくれ、放っておいてくれ、わざわざ映画館に来てくれている観客と過ごしたいだけなんだと言うんだ。僕はホアキンがいると言いたかったよ、ほんとに。ホアキンは「この先、映画は注意を払われなくなるんじゃないか。劇場にはほんの少ししか人が来ないけど、劇場で映画を見るのって素敵なことだ。劇場は観客が必要なんだよ」と言っていた。僕たちの映画のことだけじゃなく、映画館で映画を見ることについてそう言うので、僕はすごいなって感じだった。とても寛大で考え深い人なんだ。
- ―その「映画は注意を払われなくなる」とはどういうことなんでしょうか?
- もう映画を見るために劇場に来つづける人は危機的に少なくなってる。だから彼は映画を見に来てくれる人にただ挨拶するために映画館に行くんだよね。アンジェリカフィルムセンターとかに。でもホアキンは劇場に2、3人しかいないようなときがいちばん居心地がいいみたいなんだ。より個人でいられるからじゃないかな。友達に「ハイ」っていうみたいに。
- ―劇場に来ていた人はラッキーですね。
- そうだね。でも混乱してもいた。ホアキンが歩き回っていてもマスク姿だしみんなすぐには気づかないんだよ。観客を見てると「見てごらんよ、あの人」という感じでだんだん気づいて「あれはジョーカーじゃない? 」「そうだ、ホアキンだ! 」って。すごくおかしかったよ。
- ―彼の〈ザ・ノース・フェイス〉のジャケットや〈コンバース〉のシューズという服装が監督にそっくりだったと言われていますが、自分をモデルにした登場人物を監督するときどんな気持ちですか?
- (「これね」というかのように足をZoomに映るように上げてくれる)。音楽って(人によって)いろいろな演奏があるよね。ホアキンが演じたジョニーと僕はまったく同じでもなくて、彼のほうがおもしろくてもっと強い感じ…あとそうだな、ホアキンは僕の服をだいぶ着たんだよね。でもそれは予算がないから。信じてもらえるかわからないけど、僕ら資金に恵まれてるわけじゃないんだよね…。だからうちの家具も僕の服もだいぶ映画に出ているんだ。不思議なことに、僕とホアキンのサイズが同じで、ユアン・マクレガーも僕と同じサイズ。『人生はビギナーズ』でユアンは僕の服をかなりの量、着てたんだ。僕はそんなこと知らなくて「このシャツは君が着てたのか」みたいな。ホアキンは最初は僕の服を着ていなかったんだ。それでちょっと感じが違ったんだけど、カメラテストのとき、ホアキンは僕を見て「靴を渡せ」というかのようにこっちに寄ってくるわけだよ。靴を渡したら彼は気に入って、次は「ジーンズを渡せ」と。僕はジーンズを文字通り脱がされて、衣裳部が代わりのジーンズを何本か持ってきてくれた。それから内輪ネタみたいに僕から盗み続けるというのが続いたんだよ。
- ―監督していて自分のアイデンティティを再認識することはありますか?
- それはないかな。監督作業中に起こることのすべてが僕自身から起こってくるわけじゃないし、僕がすべてをコントロールしているわけでもない。僕が自分で書いた台詞を演じるわけじゃない。そこが(監督業が)めちゃくちゃに好きなところなんだ。こういう個人的な映画を撮っても、それが自己発見かというとそうじゃない。セラピーは自己発見だし、人生そのもの、友人関係、書くことは何かしらの自己発見だと思う。俳優に出会ったら車のキーを渡して好きなように運転してもらうのが僕は幸せだし、彼らを励まして好きなようにやってもらいたい。そうすると個人の記憶がそれだけに留まらずに、物語として共有されるよね。
- ―書籍の引用が印象深かったです。忙しいなか、読書はどんなときにしますか?
- 寝る前とか…よくそのまま寝ちゃうんだけどね。あとは書き物をしているとき、リサーチとして読んだりも。それは関心があるからではなくて、たとえば『人生はビギナーズ』を撮ったときとか、1955年ごろだと物事はいまと違うよね。LGBTQの歴史も知られていないし。『20センチュリー・ウーマン』のときは、いろいろなフェミニストの文献に出会ったな。あと79年のいろいろな音楽。すごく楽しかったよ。こういうプロジェクトで現実の世界がどういうものか学べるし、現実の要素から自分のルーツを統合的に見つけることもできた。だから書くために読んでいるのに読むだけで終わっちゃうこともよくあるよ。そのときは書かなくても、自分のなかに蓄積されるものもあるな。僕が書くものに関係してくるんだ。何かを理解しようとして読んだものが、特別な言葉や人生の見方として、映画に入ってくることもあるしね。だからこの映画のなかでは、それをそのまま使おうということになったんだ。
- ―じゃあ楽しみのためというよりは仕事のために読むことが多いですか?
- 仕事自体が楽しいんだよね。正しい仕事って遊びみたいなものだけれど。明らかにアートが仕事の目標になっているアーティストにとっては、仕事ってすごいものなんだ。最近よくビートルズのことを考えるんだよ。ドキュメンタリーの『ゲット・バック』を君たちが見ているかわからないんだけど。
- ―見ました。
- いろんな人がアーティストとして参加して真剣に自分の役割を果たすのがクリエイティブな仕事だって教えがあの作品にはあるよね。だから僕にとって、誰かの本に没頭するのは遊びに満ちたことでもあるし、ただ読んだり見たりしたことが作品に反映できるかも。それを期待して読んでいるんじゃないけど、そうなってるんだ。
- ―『スターチャイルド』はご自身も泣かれたという記事を読みましたが、ほかに読み聞かせをしていて泣いてしまう絵本はありますか?
- わりと簡単に泣くんだよ(笑)。ムード次第では電話帳を読んでも泣くかも。すぐに思い出せないけど、ブライアン・セルズニックって知ってる? 彼が書いた『The Marvels』(邦訳なし)と、ほかには…『The Marvels』は大好きで本当に泣いたよ。映画のなかで絵本で泣くシーンはホッパーにからかわれたんだけど(笑)。
- ―始まりも終わりも子どものインタビュー音声が入っています。「未来について考えたとき何を想像する? 」「何があると幸せになる? 」これらの質問が私たち大人にも投げかけられているように感じたのですが、そうした意図もあったのでしょうか?
- そうだね。それは考えていた。語られている台詞はすべての観客に向けられているんだ。誰が何を言っても「もし自分が聞かれたら」「もしこう言われたらどう感じるだろう」「これはどんな感じだろう」と感じるよね。子どもたちへのインタビューは二重の演劇で…、うん、子どもの返事を聞いて子どものことも考えるけれども、大人の自分も子どもの気持ちになって自分の気持ちを考えるということが起こる。だから一度に多くのことが起こると思ったんだ。子どもを物事の中心にすると、それが大人の観客には物理的にトリックっぽくなるんだよね。
- ―では、読者へのメッセージをお願いします。
- なんのために?
- ―映画を見にきてね、とか…。
- 観客に個人的に話しかけるようにしたかった作品だし、何千もの異なる解釈があると思うけど、この映画のなかをゆっくり散歩するような余白を残したいと思っている…。メッセージを、自分が本当に思っていることを言うとするなら、映画は観客なしでは存在し得ない。誰かがそれを見たり、解釈したり、感じたりしなければ、映画というものは空っぽで存在しないも同然だ。だから僕はいつも、わざわざ時間を取って映画を見に来てくれる人に借りがあると思っているし、感謝しているし、つながりを感じる。観客に観てもらうまでが映画制作のプロセスの一部のように感じるし、本当に借りがあると思っているんだ。インタビューと同じで、僕が話すことに時間を取ってくれる…配慮や時間を取ってもらうことに感謝しているし、素晴らしいことだ。映画を撮りつづけなければと思っている。だから観客へのメッセージは「どうもありがとう」だけだよ。
- ―最後にもう一問だけいいですか?
- もちろん!
- ―この緊迫した世界情勢のなか、この作品を見直して「こんなに美しい映画を撮っている人がいるのに、この世界の大人たちは…」と思ったら泣いてしまったんです。この映画でインタビューされている子どもでさえ「誰かに怒りを向けるな」「間違った方法でねじ伏せるなんて」と言っているのに。いま改めて子どもたちに言ってあげたいことは何かありますか。
- これは、大変な質問だなあ…。僕は紛争とか情報戦争とかについてはまったくわからない。だから僕が何か言うにしろ、「僕に聞かないでよ」って感じだよ。僕が言うことなんか…もし何か言えることがあるとしたら…わからないな…幼い人々に何を言ってあげたらいいのか…。誰にとっても真実だと思うのは、どこで暮らしていようと、自分の意見を持っていたり、持とうとしたり、自分自身でいていいんだっていうこと。それは一生かかるプロセスだよね。永遠にかかるかもしれない。僕に聞くより雑誌に出ているような誰かに聞くべきなのかもしれないけど。単純な答えなんかない、信じられないような大変なことに対処しようとする独自の道を見つけようとするようなことなのかもしれない。ちょっと説教くさいかな(笑)。でもあなたがこの映画を美しいと思ってくれたことに感謝している。僕はついこの間『カサブランカ』を見たんだ。大好きな映画で、こんな大変な時期にこの映画を見られてよかったと思った。不思議なことに『カサブランカ』って戦争と難民と弾圧と弾圧への抵抗についての映画なんだよね。でも僕はこの映画への制作者の努力や才能や技能や配慮や職人魂を楽しむことができたんだ。映画そのものが、人間宣言みたいだった。戦争宣言ではなく。それに、多くの人が紛争を心配して見守っているのも、ある種ポジティブなことなんじゃないかな。
- ―ありがとうございました。
- ありがとう!
『カモン カモン』
(2021/アメリカ/108分)監督:マイク・ミルズ
出演:ホアキン・フェニックス、ウディ・ノーマン、ギャビー・ホフマン
モリー・ウェブスター、ジャブーキー・ヤング=ホワイト 配給:ハピネットファントム・スタジオ
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4月22日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷他、全国ロードショー
公式サイト
PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。Instagram @cinema_with_kyoko
Twitter @cinemawithkyoko