GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#101『ナミビアの砂漠』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。今回は『ナミビアの砂漠』です。
カンヌ国際映画祭に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞、撮ったのは97年生まれの山中瑶子監督と早くも話題の作品。
若手演技派としてめきめき注目度が上がっている河合優実が意地悪で暴力的なヒロインを演じるのですが、
背景の情報量がじつはめっちゃ多かった。
人が意地悪になったり怒ったりするにはちゃんと理由があるのです。
Text_Kyoko Endo
じつは日本の格差が見え隠れする暴力恋愛女子映画
初見では、この映画は痛かったのです。河合優実が演じるカナの出口なしの生きざまは、まるで多くの女子が過去にやらかし封印してきたであろう恋愛黒歴史を集めたよう。しかしファスビンダーの『自由の暴力』を見ていて、あることに気づいたのです。カナが置かれてる立場って意外にも『自由の暴力』のビーバーコップと一緒だということに。
『自由の暴力』は「ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選2024」で上映される3本の中の1本で、階級格差を背景にゲイの恋愛を描いたメロドラマです。宝くじ成金のビーバーコップは中産階級の彼氏に金を使い尽くされて放り出されるのですが、彼氏は彼を利用しようと近づいてくるわけではなく悪人でもない。でも、明らかに階級差別意識があり、人権的に軽視されたビーバーコップはモラハラを受けた挙句、搾取されてしまうのです。
『ナミビアの砂漠』プレスリリースで山中監督は「人間関係における権力関係や、不誠実さについて書きたいと思って(中略)ファスビンダーの『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』みたいな」話を書こうとしたけれどうまくいかず「躁鬱気味で、欲望が曖昧なまま混沌とした世の中を生きていかないといけない日本の若い女性」の脚本が出来上がったと語っています。『ペトラ・フォン・カント』は、金持ちの主人公が年下の恋人に利用される、恋愛という力関係で経済格差が逆転する話です。
『ナミビア〜』のカナは生活には困っていないけれど、ドロップアウトしたのか進学する気がなかったのかで21歳でエステ脱毛サロンで働いていて、社会の欺瞞に気づいてはいるけれど、それを自分がどうにかできるとは思っていない。彼氏のホンダは不動産屋でカナにベタ惚れで、部屋に住まわせてチヤホヤと世話してくれるけれど、カナ自身は物足りなさを感じていて幸せだとは思っていません。しばしば砂漠のオアシスの定点観測映像をぼんやり眺めてしまいます。
物足りなさを埋めてくれるのが新しい恋人のハヤシです。映画監督志望で、ニューヨーク生まれ。「俺たちだったらお互いを高められる関係でいられると思うんだよね」とか素で言えるハートの強さ。ホンダの家を出てハヤシと暮らし始めるカナですが、それもだんだん辛くなってくる。ハヤシと大きな格差があることを感じとってしまうのです。
まず親に紹介されるのが、親の別荘でのバーベキューパーティです。ハヤシの母は恵まれた人にありがちな鷹揚さで、それなりにカナに気を遣って同世代の別荘族の女の子を呼んでくれたりしますが、決定的にバックグラウンドが違うカナには彼女との共通の話題はありません。ハヤシの母はハヤシをインターナショナルスクールに入れたかった話をしますが、カナは彼女がいう「インター」が何なのかもわかりません。
階級格差は日本にはないことになっていたけど、いまはみんな日本に大きな経済格差があることを知っていますね。子どもの貧困を誰もが知るようになって10年以上経っているのに民間の子ども食堂に政府は頼りきりで、事態は根本的には何も動いていない。食事が出てこないほどではなくても高等教育を受けることを諦めている子どもも多い。自分が大学に行くことを考えてもいない子どもと、親がインターナショナルスクールに入れようとする子どもの間には大きな格差があり、それはつまりカナとハヤシの格差なんです。
『自由の暴力』のビーバーコップと違って、カナはハラスメントを受けることもないし金銭的に搾取されるわけでもなく、ハヤシもいいやつなんですが、ハヤシはともかくカナは二人の間の格差にしっかり気づいています。デートで偶然会ったハヤシの友人が学歴ロンダした財務官僚(学歴ロンダリングという手段でさえ、高学歴の近親者や知人がいなければ知りようがないものですよね)なのに対し、カナの勤務先にいるのは整形の話をしてくる19歳のヤンキーで、カナは自分の環境にもうんざりしているよう。ホンダもその一部だったのかもしれません。
決定的なのは、ハヤシが自作映画の編集に没頭しているとき、好きなものが何もないカナは自分一人で別のことをして待っていることができません。「カナも向こうでなんかしてて」「なんかって何?」「うーん…映画とか?」「映画なんか見て何になんだよお」登場人物はともかく主人公が「映画なんか見て何になる」と言うのはラディカル。観客にとってはすごく新鮮ですが、カナの心中は荒れ果てている。自分が何も持っていないことになんとなく気づいていて、ここからカナはハヤシに暴力を振るうようになってしまいます。
冒頭からカナは心を殺していることが描かれています。カナは友だちのイチカに会って、共通の友だちのチアキの自死を知りますが「本当に(ドアノブで)死ねるんだ」と淡々と言ってしまう。傷つくのが辛いから、あまり身を入れて聞こうとせず、喫茶店内のどうでもいい話を聞いてしまう。自己肯定感が低くて絶対的なニヒリズムのなかで生きているのです。
情報は適当にスマホから送られてきて、コンビニに行けば適当に話題の食品を選べて、ファストファッションで流行を追うこともできる。なんでも手に入りそうに見えて、決定的に手に入らないものがある社会。自由なようでいてすごく不自由なことに気づいていて、壊れかけているカナ。美しく乖離する描写もあります。でも、カナにも回復というか希望が少しだけ見えてくる。日々、都会を漂流しているような気分になっている方に是非見ていただきたい映画です。
『ナミビアの砂漠』
監督・脚本:山中瑶子出演:河合優実、金子大地、寛一郎(2024/日本/137分)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2024年9月6日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会
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遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
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