GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#106『ブルータリスト』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。今回ご紹介するのは『ブルータリスト』。
天才建築家なのにホロコーストでキャリアを断たれアメリカに渡ってきた
男の困難を描く215分(15分のインターミッションを含む)。
TikTokなどのスナック菓子的コンテンツ大流行中に、この量と質。
しかしスナック菓子からはコース料理の愉しみは得られないのです。
これは伝統的重厚コース料理のような映画だと申し上げておきましょう。
愉しみにかかる時間も似ていますね。
Text_Kyoko Endo
クリエイター必見! 優れた建築映画『ブルータリスト』
アカデミー賞に絡む映画がどんどん公開されるシーズンの始まり。1月もいい映画だらけですが、ゴールデングローブで作品賞・監督賞・主演俳優賞を受賞したこの作品をいま書いておかないわけにはいかないのです。伝統的重厚コース料理というか、オペラ的というか、大人向け映画ですが、20歳くらいの若い方にも見ていただきたい作品です。私も学生のころから背伸びしてわからなくてもゴダール見たりしていましたが、大人になってから「あの映画はこういうことを言っていたのか…!」ということに気づく。これもよくできた映画やドラマのおもしろさのひとつだと思います。それにこの映画はゴダールよりだいぶわかりやすいと思いますよ。
物語の主人公はラースロー・トート。ハンガリー出身のユダヤ人で、ナチスのユダヤ人収容所を出たのか、あるいは収容所行きの列車から逃げ出して生き延びたのかは定かではないけれど、大変な苦労の末なんとかホロコーストを生き延びニューヨークにたどりついたところから物語が始まります。
ラースローが住んでいたブダペストは、第一次世界大戦前にはオーストリア・ハンガリー帝国第二の首都。地下鉄だってロンドンの次に開通した文化都市です。そんな都市の図書館も建築したキャリアの持ち主でありながら、アメリカに辿り着いたラースローは難民のひとりにすぎません。アメリカに移住していた従兄弟を頼りますが、家具店をしている従兄弟の倉庫に寝泊まりするしかありません。センスを活かして家具をデザインしたりしてなんとなく生計を立てられるかに見えたラースロー。しかし、ラースローの才能に目をつけた無慈悲な資本家との出会いで、彼の人生は大きく歪んでいく…という物語です。
この映画を理解しやすくなる要素は3つあります。移民、建築、お金です。タイトルは打ちっぱなしのコンクリートや塗装していないスチールを使ったり梁をあえて見せたりする建築スタイルのブルータリズムから取られています。素材を活かすor 装飾を剥ぎ取るなど説明は様々だけどミニマリズムとは違ってもっとダイナミックです。
移民と移民差別についてはかなり意図的にフィーチャーされています。ブラディ・コーベット監督はインタビューで「僕たちみんな移民のひ孫や玄孫なのに」と言っていて、トランプ氏が大統領に選ばれるような世相に一石投じたかったのは明らか。番号札を下げさせられたエリス島の難民の姿や、無慈悲な資本家の無神経な台詞「靴磨きみたいな英語」に主人公が受ける屈辱の数々が描写されています。ちなみに無慈悲な資本家の方はオランダ系の名前(ヴァン・ビューレン)を持っていて、本人は苦労したとは言うけれど、何世代か早く移民していたゆえに移民第一世代よりはかなり恵まれたスタート地点に立つことができた人だということがわかります。
ラースロー・トートは実在する人物ではなく、監督と共同脚本を書いたモナ・ファストヴォールドとが作り上げたフィクションなんですが、しっかりリサーチされていてアクチュアリティがあります。例えばラースローはバウハウス出身なんですが、バウハウスはモダンデザイン好きでここの名前知らなければモグリというワイマール時代のドイツの美術学校。それらしいデザインの家具や建築が美術にしっかり反映されていて、そこも見応えがあります。
バウハウスといえば、出身建築家の一部はナチスに加担して収容所をデザインし、しかしユダヤ系のバウハウス出身者たちがその収容所で殺害されたことなども思い起こされます。しかもユダヤ人迫害は裁判で明らかになっていったことなので、戦後すぐの時点では理解者がいない。それがラースローの苦悩を深めていくのもリアルなんです。
また建築家という職業もおもしろい。建築って詩や絵画より成立させるのが難しい、お金を出してくれる人がいないと作品そのものが作れないジャンルなんですよね。そういう点では映画にもすごく似ていると思います。第三の要素がお金の問題で、ラースローは無慈悲な資本家のヴァン・ビューレンに翻弄されまくるのです。
今ならパワハラ、モラハラ、セクハラ王として絶対ネットニュースになりそうなヴァン・ビューレン。しかし時代は1950年代なので、家族も彼の病を見て見ぬふりをしています。自分の機嫌次第でラースローを振り回し、金持ちらしくケチなので自分の母親の名前をつけたコミュニティセンターを建てるのにも税金も使わせますし、また税金を使うとなると自分のものでもない金なのに市長が自分とコネがある二流建築家を使えと言ってきたりする。ラースローは売り言葉に買い言葉で自腹も切らされますが、間に入ったブルシットジョブ野郎は決して報酬を返上せず文句だけ言ってきます。
翻弄される芸術家ラースローを演じたのはエイドリアン・ブロディ。ヴァン・ビューレンの俺様ぶりにやられっぱなしでとにかく気の毒…(演じているガイ・ピアースご本人は出演料二の次で出てくれたりしていい人らしいですよ)。しかしラースローは妻エルジェーベト(過去、GCCのインタビューに「正義は勝つのよ」と喝破なさったフェリシティ・ジョーンズが力強く演じてます)に支えられ、結局名前を残すのはクリエイターなんですよね!という物語なので、クリエイションに関わるお仕事をしていて、わかってないスポンサーがうるさい…とか、管理部門のブルシットジョブ野郎が…というような方に、是非見ていただきたいです。美しい建築に入る光を模型の段階では見せず、ここぞというところで見せたり、脚本も演出も美意識も優れた建築映画なんですから。
『ブルータリスト』
監督・共同脚本・製作:ブラディ・コーベット共同脚本:モナ・ファストヴォールド
出演:エイドリアン・ブロディ、フェリシティ・ジョーンズ、ガイ・ピアース
(2024/アメリカ、イギリス、ハンガリー/215分)
配給:パルコ ユニバーサル映画
2月21日(金)より全国ロードショー
© DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVED. © Universal Pictures
『ブルータリスト』だけじゃない!今月のおすすめ映画
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『敵』
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就任当日に議会乱入した民主主義の破壊者たちを恩赦してしまったトランプ氏。凡庸な建築業者の息子はいかにして鉄面皮の有名人に成り上がったのか? 平凡な青年はどのようにモンスターになるのか? ニューオーダーやペットショップボーイズの楽曲使用も的を射たアリ・アッバシ監督の意欲作。公開中『蝶の渡り』
ソ連崩壊後、青年芸術家たちの将来は希望に満ちたものだったはずなのに、資本主義に移行した国家には芸術家の保護もなく、電気代の支払いにも困る有り様…しかし友だちに囲まれてモテまくる主人公の生活は日本人には羨ましがられそう…。ほっこりするジョージアの芸術家コミュニティの物語。1月24日公開『籠の中の乙女 4Kレストア版』
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家族の精神的支柱だった祖母が高齢で亡くなり、祖母を偲んでポーランドにやってきた従兄弟同士。心配性のデヴィ ッドとのんきなベンジー。世間話がうまいベンジーは、しかし自分の近況は打ち明けられない…心の奥に隠された“ 本当の痛み”を掬い取るロードムービー。1月31日公開『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
かつて同じ雑誌編集部で働いていた作家と戦場ジャーナリスト。ジャーナリストはがんを患い、自死を考えている。友としてその死に立ち会ってほしいと頼まれた作家は…女性たちの仕事や家、恋人や娘や読んできた小説など凛々しい人生が立ち現れてくるドラマ。1月31日公開『ヒプノシス レコードジャケットの美学』
ロックフォトグラファー、アントン・コービンの意外にも初の長編ドキュメンタリーで、70年代に数々の伝説的レコ ジャケを量産したデザイン集団のクロニクルです。一時代を創ったものたちが、時代の流れに押し流されてしまう結 末も驚き…。これもクリエイター必見作でしょう。2月7日公開『ハイパーボリア人』
『オオカミの家』がスマッシュヒットしたレオン&コシーニャの新作。ドット絵のFAXや昔のゲーム機のような電子 音、スーパーマリオを思い出させるコイン…ワークショップで制作された手作り感あふれる美術で展開する独特の世 界。最後の電子音楽まで美しいアートムービー。2月8日公開PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
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