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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#21『ビリーブ 未来への大逆転』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#21『ビリーブ 未来への大逆転』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#21『ビリーブ 未来への大逆転』

2019.03.22

おもしろい映画しか紹介しない、どこからどう読んでもいい映画コラム。
今回は『ビリーブ 未来への大逆転』です。
フェリシティ・ジョーンズが、現役かつ最高齢のアメリカ最高裁判事を演じる…
アメリカならこれだけで「すごい映画なんだね」と言われるらしいが
アメリカ人じゃなくてもすごさがわかるように半ばネタバレつつ深掘り気味にご紹介します。
今回はフェリシティ・ジョーンズのインタビューもありますよ!

Text_Kyoko Endo

フェリシティが性差別撤廃の闘士に。

まず主役のルース・ベイダー・ギンズバーグは3月15日に86歳になったばかりですが、現役のアメリカ最高裁判事です。アメリカ最高裁には定年がないので引退表明をしない限りずっと働けるのですね。で、オバマ大統領時代に引退を勧められながらも頭が働くうちは絶対引退しないと拒否。ついた異名がノトーリアスR.B.G.。ガールの読者にはすぐピンときましょうが、ノトーリアスB.I.G.からですよね。しかしもちろんビギーのようなギャングスタではなく筋金入りのリベラルで、人工妊娠中絶の合法化や女性の賃金差別などについて、常に弱者の立場に立った意見を表明してきました。

そんなルースはリベラルのアイコンとして似顔絵Tシャツやマグカップが売り出されるほど愛されています。引退しないのも共和党政権下で任命された判事たちが保守的な判決を出しまくるのを防ぐため。アメリカの最高裁は9人の判事のうち1人が引退するとそのときの大統領が自分がやりたい政治と同じような考えの人を判事に任命する仕組み。オバマ政権下で引退を勧められたのは、共和党政権下で死なれちゃ困るって周囲の思惑があったからですが、それでも引退しなかったのは、妥協しまくりのオバマ氏が選ぶ後任なんてアタシほどリベラルかどうかわかんないじゃないの、って意思表示なわけです。大腸がんやすい臓がんになりながら手術を受けて克服し法廷に立ち続けている強い女性。『デッドプール2』にはXフォース候補者を選んでいるデップーがルースの写真を見ているシーンがありますが、そんだけ最強なんです。

ちなみに、ロースクール入学から歴史的な裁判まで、きめ細かい脚本を書き製作総指揮も執ったダニエル・スティエプルマンは、ルースの実の甥。マーティンの葬儀の弔辞を聞いていて、これはいい映画になると思って脚本を書き上げたそうです。ルースの個人ファイルとアメリカ議会図書館を調べまくり、ルースにも質問して出来上がった脚本は、すぐにハリウッドのブラックリスト(映画化されていない優秀脚本のリスト)入りしました。

ルースの生涯はまさに不屈と呼ぶにふさわしいものです。この映画は50年代に、スーツ姿の男ばかりが行く道をシームのあるストッキングをはいた女性が歩いていくシーンから始まります。若かりしルースが初めてハーバード法科大学院に入学するところです。このときまでに彼女はコーネル大学を卒業して結婚して社会保障局で働き、妊娠して降格(!)されたのち出産したりしている。1学年500人中、女子学生は彼女を入れて9人。女性が入学できるようになってやっと6年目で、数少ない女子学生は全員学長宅での食事会に招かれるのですが「男子学生の席を奪ってまで入学した理由」なんて訊かれたりする。ルースはその場では波風立てず、家では夫に不満をぶちまけます。

この夫のマーティン役がアーミー・ハマーです。『君の名前で僕を呼んで』でティモシー・シャラメが恋する金持ち美男です。そのアーミーが夫というだけでも相当うらやましいのですが、ここんちのだんなさん、税法に強い弁護士としてバリバリ稼ぎながら子育てもするし、ルースが苦手な料理は受け持ってくれるし、愚痴も聞いてくれるし、八つ当たりされてもキレずに仕事のヒントをくれたりするよ! フェリシティもインタビューで言ってくれていますが、カップルで観に行ってこういう夫像もあるよと知らせておくといいかも。しかし彼が大学院在学中に精巣がんにかかったときは、ルースは自分の授業と彼がとっている授業の両方に出て彼のためにノートを取り、看病と自分と彼の勉強と子育てを両立(4人分動いてるけど両立って言葉でいいのか?)していたのです。映画には出てきませんが、なんとそのとき学内誌の原稿も書いていたらしい…。

で、優秀な成績で卒業した彼女でしたが、女性で母親でユダヤ人という理由で弁護士事務所に落ちまくり、ラトガース大で法学を教えることになります。そんな彼女が見つけた一大チャンスがこの映画で描かれる歴史的な裁判でした。それまで女性差別を訴えても負け続け「法廷に女性の権利はない」とまで言われていました。しかし、法律ってそもそも人のためにあるはずで、社会が変われば修正されるもの。まさに70年代、ベトナム戦争反対やウーマンリブの時代でした。「ママ、無視しちゃだめよ」と工事現場の労働者に言い返した娘の態度からついに時代が変わったと悟った彼女は、男社会に反撃開始するのです。

反撃方法は逆差別された男性の訴訟。原告は男性だというだけで介護費用の税控除を却下されたのです。一度地方法廷で負けている裁判の上告で、敗訴した原告を説得して裁判に挑みます。悪法により男性もまた差別を受ける現実を法廷で知らしめた5分32秒のスピーチシーンは圧巻です。男性差別を問題にした裁判でしたが、法律が絶対だった法廷で、悪法のもとで性差別が行われているという認識が世間に共有されることがまず第一歩となったわけです。

でも、インタビューでいみじくもフェリシティが語ってくれたように、女性の権利ってイコール人権。女性が暮らしやすい社会は男性にとっても暮らしやすい社会なのだから、インクルーシブに打開策を探っていく彼女の戦略はまったく正しかったのです。さらに「100年前に負けたっていま負けるとは限らない」と不屈の精神で、長期戦略で勝負に臨み、切り札を取っておいたり、プランBを考えておいたりする。何がどうなるかわからない時代ではありますが、ブレずに正義を追求するRBGのかっこよさをしっかり観ておくと、今後も強く生きていけそうな気がします。

『ビリーブ 未来への大逆転』

(2018/アメリカ/120分)

監督:ミミ・レダー
出演:フェリシティ・ジョーンズ、アーミー・ハマー、キャシー・ベイツ
配給:ギャガ
3月22日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
© 2018 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.
公式サイト

『ビリーブ 未来への大逆転』を観た人は、こっちも観て!

50年代の女性って本当に大変だった! でも、いま奴隷制がおかしなことと感じられるように、性差別がおかしなことと思われる時代はもう来ています。いろんな形で闘ってきた女性の映画+近い将来の新しい役割モデルも観てみましょう。

『ドリーム』

性差別と人種差別の二重苦を乗り越える彼女たちには本当に感動しますが、しかし差別がどれだけ仕事の効率を落とすかってこともすごくよくわかる作品。働き方改革とか言いつつ保育園の必要性もおわかりにならない政治家のセンセイ方に是非観てもらいたいです。
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『ル・コルビュジェとアイリーン 追憶のヴィラ』

パートナー選びに失敗すると、才能があってもこういうことになってしまうという例。男性は奥さん次第などとおじさま方は言いますが、女性だってまったくパートナー次第ですよ。それにしてもアイリーンがデザインした家や家具の美しいこと!
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『スパイダーマン:スパイダーバース』

アニメでしか成し得ないことを成し遂げた傑作であると同時に、女性の描き方が現代的。主役以上になんでもできる運動神経抜群のグウェンに、メカに強いペニー。さらにはこれまで人質になったり殺されたりしてきたメイおばさんまでエンパワーされてる…!
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PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』『SENSE』に寄稿。