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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#31『おしえて!ドクター・ルース』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#31『おしえて!ドクター・ルース』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#31『おしえて!ドクター・ルース』

2019.08.30

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。
今回ご紹介するのはアメリカでは超有名なおばあちゃんセックス・ドクターのドキュメンタリー。
キャラがかわいいし、言ってることが正しいうえにおもしろい。何より、生きざまに感銘を受けます。
こういう人がいると知っているのと知らないのとではその後の人生の幸福度が変わると思います。なので、これは本当に必見!

Text_Kyoko Endo

見たほうが幸せになれる映画。

フジロックでのジャネール・モネイのアクト、素晴らしかったですね。パフォーマンスはもちろん、女性性を全肯定するメッセージを前面に出し、“IM DIRTY IM PROUD!”とステージに掲げる姿勢がかっこよかったです。女性器モチーフひらひらパンツでの“PYNK”も最高でした。しかし私たち、どれだけ自分のセックスについて理解できているんでしょう。実際、女性の性欲って世間的にないことになっている。そもそもセックスが風俗やAV以外の文脈ではほとんど語られていません。

しかし、セックスでいけるかとか、同意と愛がある接触とか、パートナーに自分のニーズを伝えられるかとかは、女性にとって幸せの大きな要因になり得ること。それをもう80年代から言ってくれていた女性がいました。それがこのドキュメンタリーの主人公、ドクター・ルース・ウエストハイマーです。

ドクター・ルースは1928年生まれ。91歳にして現役の人気セックス・セラピストです。避妊と性教育の大切さをラジオ業界の人に講演したところ、感銘を受けた局員から頼まれて、誰にも言えない性の悩みの相談を始めたら大反響。性の悩みってすごい多様なんですよね。「自分のセクシャリティがわからない!」「僕のって大きすぎます?」「感染症はどうすれば防げるの?」「私ってアブノーマルなの?」と爆笑してしまうような質問から誰もが聞きたかった質問まで、真摯に明快に答えを出してきました。

「大人同士が合意して行うことはすべてOK」「何がノーマルかが曖昧すぎる。“ノーマル”なんてない」という科学的根拠に基づいた彼女の番組は、15分から1時間、2時間と伸びてゆき、ついには局の命運を握るまでに。テレビ番組にも引っ張りだこになって、書いた本は40冊以上。出演番組の記録はハードディスク3台分に及び、トークショーのときなどほかのゲストも彼女が話し始めると身を乗り出して聞く。この映画はそういうプロフェッショナルのドキュメンタリーなのですが、見てほしいのは彼女の成功だけじゃないんです。

感動するのは、彼女の思いやりと強さです。中絶を悪魔の所業のようにディスるキリスト教原理主義者が跋扈するアメリカで、中絶を支持するのはテロの標的にされる覚悟がいる。映画のなかでも彼女が躊躇せず性用語を使うのに耐えきれなくなったおっさんが彼女を市民逮捕しようとする場面があります。そんな社会で中絶せざるをえず罪悪感に苦しんでいる女性に対して、公の場で心からの同情を示しながら「これは避妊の失敗よ。自分を責めないで」と言う。

小柄でかわいいおばあちゃんで、ずっと喋りっぱなしで、この映画の製作スタッフにもひっきりなしに何か食べさせようとする。ドイツ系らしく居心地よさそうに整えられたリビングで花柄のティーカップでお茶を飲みながら、カラフルなアイスボックスクッキーを監督ばかりか音声さんにまで勧めてくる。何不自由なく育ったかのような優しい人。でも、じつは幼いころから過酷な人生を経験してきていました。

彼女の両親はホロコーストの犠牲者でした。1938年にナチスが家に来て父親を連行します。このとき父は恐怖を抑えて手を振ってくれたといいます。収容所からの父の指示で彼女はスイスの疎開キャンプに入りました。それで家族の中で彼女だけが収容所に入らずにすんだのです。しかしスイスでは二級市民としてスイス人の子どもの世話や雑務をさせられました。女子だからという理由で高校にも行かせてもらえなかったのですが、ボーイフレンドの教科書を読んで必死に勉強します。

身寄りがない彼女は戦後イスラエルに送られ、ドイツ名は憎まれるからとファーストネームを捨て、セカンドネームのルースとして生きていくことになります。そこでハンサムな夫を捕まえてパリに。そうそう、ルースってすごい面食いなんです。3回結婚してるのですが、全員ハンサムな相手ばかり。最初の結婚相手が医学を勉強するためソルボンヌに行くのですが、当時ソルボンヌは戦時中勉強できなかった人のために、一年の準備期間後試験をして合格したら入学させてくれるという措置をとっていました。それでルースも大学に入れることになります。猛勉強の始まり。

そして憧れていたアメリカに渡ります。離婚して時給1ドルのメイドの仕事などして苦学しながら三番目の夫にも出会い、42歳で博士号を取りました。「人生の早い段階から数々の決断を迫られてきた。だから女性も主導権を握って自分と自分の性に責任を持つべきだと思うようになった」と彼女は言います。安全なセックスや世間の性の誤解についてノーギャラでも公演を引き受け、それがラジオ番組の製作者の目にとまりました。その後アメリカで知らない人がいないご意見番となったわけ。

91歳の彼女の足跡は、ナチスのように強大な敵から迫害されてさえ、自分が望む幸せはちゃんと手に入るのよと示してくれているよう。彼女自身が「悲劇を生き抜いてきた私には、人生を楽しみこの世界に進歩を促す義務がある」と言っていますが、不屈の精神と絶対の楽観性が感じられるのです。自分らしく幸せに生きて経済的に成功するヒントもたくさんもらえる映画なのでした。なのでセックスのことから書き出しましたが、セックスに悩みがない人も、見てほしい作品です。

『おしえて!ドクター・ルース』

(2019/アメリカ/100分)

監督:ライアン・ホワイト
出演:ルース・K・ウエストハイマー
配給:ロングライド
8月30日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
公式サイト

『おしえて!ドクター・ルース』を観た人は、こっちも観て!

女性も男性も自然に自分らしく生きていくには? セックスに限らずフェミ寄り+人生の豊かさや仕事の楽しさ、パートナーの大切さを教えてくれる映画を集めました。この3本すべて、疲れてるときに元気をくれる映画でもあります。

『RBG 最強の85才』

GCC#21で紹介した『ビリーブ』のモデルが、このアメリカの最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグ(つまりRBG)。アメリカで女性の権利が法律で守られるようになったのは彼女のおかげ。家事など夫の協力にも支えられたようです。パートナー選びは重要ですね。
公式サイト

『夜間もやってる保育園』

これは情報として知っておいてほしい映画。夜の仕事を応援してくれる場所が日本にもあるんです。エイビイシイ保育園の片野清美園長の仕事ぶりには背中を押されるというか、叩かれるというか、もう泣けます。それにつけても夜間保育園で働く方々の仕事の尊さよ…。
公式サイト

『愛と法』

男性同士で結婚している大阪の弁護士カップルが主役ですが、彼らが弁護している“ろくでなし子裁判”を見よ! なんでジェフ・クーンズはありなのに、ろくでなし子ちゃんはNGなの? 女性器へのタブーがどれだけ根強いかが、爆笑しつつ如実に理解できます。
公式サイト

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。