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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#71『ディア・エヴァン・ハンセン』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#71『ディア・エヴァン・ハンセン』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#71『ディア・エヴァン・ハンセン』

2021.11.29

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『ディア・エヴァン・ハンセン』。
ブロードウェイでロングランされ、トニー賞やグラミー賞を総なめにした大ヒット作です。
日常生活の普通の会話でなぜか突然人が歌い出すミュージカルはこっ恥ずかしくて苦手だという人は多い。
私もその一人です。ですがこの作品はそんな私からもおすすめ。その理由はと言いますと…。

Text_Kyoko Endo

ミュージカル苦手な私がこのミュージカルをすすめる理由。

おすすめポイント第一は、これがSNSに関する映画だということ。ジア・コッポラのような人でさえSNS嫌いを表明していましたが、SNSとうまく付き合うって大変なこと。この作品にはそのヒントが示されています。

主人公のエヴァン・ハンセンは、極端に人見知りで、配達員に会うのが怖くてウーバーの出前も頼めないような子。精神科医の勧めで自分宛の手紙を書いています。なので、腕を折ってギプスをつけて登校したものの、メッセージを描いてくれるような友だちもいません。一方で、コナーという子がいて、体育会にはいじめられ普通の子にはハブられてます。

誤解からコナーがエヴァンに絡んできてギプスに大きく名前を書き込み、エヴァンが自分宛に書いた手紙を奪い取ります。一晩中、手紙をSNSのネタにされるんじゃないかと心配するエヴァン。しかしそんなコナーが自殺してしまい、エヴァン宛の手紙(もちろんエヴァン自身が書いたもの)が彼のポケットに入っていたことから、コナーの両親が息子のたった一人の友だちだったのではと学校に訪ねてくる。自己主張が苦手なエヴァンは、頑張って「友だちじゃありません」と言おうとするのですが、ギプスのコナーの名前を見つけられて「やっぱり…!」となってしまう。

コナーの母を傷つけまいとして結果的に嘘をついてしまったエヴァン、しかも“親友を失ったエヴァンの感動話”のフォロワーが爆増してしまい、エヴァンは悩みながらも深みにハマって…こういう物語を、『ウォールフラワー』(青春映画の傑作!)の監督が撮っているのですよ。これもおすすめポイント。

キャストも素晴らしいのです。主役のエヴァンをブロードウェイでエヴァンを演じ続けたベン・プラットが演じています。表現力もすごいですが、歌唱力と身体性もすごい。『うしろの二階堂』みたいな猫背で朗々と歌ったりしているのですが、こんなの普通の人体構造上ありえないですよ。ブロードウェイ公演時には週2で理学療法士のケアを受けていたそうです。しかも映画撮影当時27歳。15ポンド(7キロ弱)減量して腕の毛を剃ったりしてティーン役に備えたとのこと。

学校ではエヴァンよりもコナーよりも全然カーストが上のコナーの妹、エヴァンがずっと憧れているゾーイを『ブックスマート』のケイトリン・デヴァーが演じています。『ブックスマート』のはっちゃけ方が嘘のように普通にかわいい。ちなみに『ブックスマート』で演劇少年役だったノア・ガルヴィンがベン・プラットが辞めたあとの舞台版エヴァン・ハンセン役をやっていて、その縁でベン・プラットと知り合って、いま二人は公にパートナー宣言してるんですよね。

エヴァンの母ハイディ役がジュリアン・ムーアで、コナーの母シンシアがエイミー・アダムス。ハイディがシングルマザーの看護師で、シンシアは弁護士の妻で専業主婦。忙しすぎて息子と一緒にいる時間が取れないハイディに対して、暇を持て余したシンシアは仏教、ベジタリアン、グルテン・フリーと次々新しいものに手を出しては飽きていく。こんな階級差描写も上手いんです。

背景といえば、アメリカの薬漬け文化の問題も浮き彫りに。肩こりだろうが腰痛だろうが何でもかんでも薬で治そうとする文化、しかも暗そう弱そうに見えるの厳禁な価値観、さらにはビッグファーマの金儲け優先の新自由主義社会下、少年少女のうちから抗うつ剤なんか飲まされてしまう。『ビューティフル・ボーイ』などで描かれた鎮痛剤使用によるドラッグ問題もあります。コナーもその犠牲者なのではと思えてなりません。

『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』のパセック&ポールが書いている音楽もよいです。確かにオープニングで突然エヴァンが歌い出すと「ああ、そういえばミュージカルってこうなんだった…」と一瞬引く。引きはするが、曲と歌詞がよいので聴いてしまいます。歌詞の字幕が出るのもよき。製作側も、舞台で好まれている曲であっても映画の演出上リアルじゃなくなっちゃうものはカットし、逆に映画の演出上大きくなったキャラクターの新曲を入れたりしています。どの曲もいろいろなキャラを代弁していてヒットしそう。

と、ここまでおすすめポイントを推してきましたが、本当にグッときたのは、自殺したコナーが好きだった本、カート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』をエヴァンが読むところ。誰かの気持ちをわかろうとしてその人の愛読書を読むのって読書の醍醐味でもあり意義あること。それに、カート・ヴォネガットは第二次世界大戦でドイツ人の捕虜になって同盟国側の爆撃を経験し、以来戦争に反対して、繊細な少数派に寄り添う小説ばかり書いてきた作家で、『猫のゆりかご』は家庭崩壊している科学者の発明から人類がほぼ滅亡する物語なんです。

この映画は、ヒット作ならなんでも大好きミーハーちゃんにも好かれるでしょう。でも、私としては、おそらくは繊細すぎ頭が良すぎただろうコナーにシンパシーを感じるようなあなたにこそ見てほしいのです。

『ディア・エヴァン・ハンセン』

(2021/アメリカ/138分)

監督:スティーヴン・チョボスキー
出演:ベン・プラット、ケイトリン・デヴァー、アマンドラ・ステンバーグ、ジュリアン・ムーア、エイミー・アダムス
配給:東宝東和
ⓒ2021 Universal Studios. All Rights Reserved.
全国ロードショー
deh-movie.jp

『ディア・エヴァン・ハンセン』だけじゃない! 11月のおすすめ映画。

芸術の秋で映画祭もたけなわ。劇場でもこんなに素晴らしい映画が公開に。その中でもフェミ、ドキュメンタリー、現代美術に関わる大人が見て楽しめる作品を選びました。

『ミラベルと魔法だらけの家』

コロンビアの魔法に守られた集落、魔法の力をもらえなかったミランダが一族のために魔法を取り戻しにいく物語。じつは“承認欲求”がテーマで、できない子のコンプだけじゃなくできる子が苦しむプレッシャーも描いています。誰もが共感できるキャラを見つけられそう。公開中。

『リスペクト』

ソウルの女王アレサ・フランクリンの生涯をジェニファー・ハドソンが演じる。遺族の完全協力でしっかり名曲が使われヒット曲が生まれた背景も再現。DV父に虐待される母を見て育ったアレサがだめんずばかり選んでしまうなど、フェミ的要素もたっぷりで見応えありまくります。公開中。

『アンテベラム』

ニュース討論などで活躍する黒人女性学者のヴェロニカが人種差別主義者に誘拐され…ジャネール・モネイ主演というだけでも必見ですが、アメリカの奴隷制度がどれほど過酷だったかをまざまざと描き出したすごい映画。トンデモ的展開ではありますがパワーのある作品。公開中。

『皮膚を売った男』

政治犯として難民となったサムは自分の身体を現代美術の作品として売り渡すことに同意。ヨーロッパを自由に行き来できるシェンゲン・ビザが刺青された彼の背中は億単位で取引される“作品”となり…難民問題、現代美術、ヨーロッパを重層的に構築したおもしろく刺激的な傑作。公開中。

『リトル・ガール』

性同一性障害の子ども、サシャ。小さなサシャは教師の無理解に苦しみ…サシャのために周囲の理解を得ようと奮闘する両親、「黙っていたら何も変わらない」という兄、彼女を守ろうとする姉など家族の姿も感動的なドキュメンタリー。性同一性って何?と思う人こそ見て。公開中。

『ボストン市庁舎』

ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマン監督の最新作。市長、ごみ収集人、ボランティアなどボストン市役所で働く人々を活写。いつもどこかで改善策が考えられていて、公務員のあるべき姿が見られます。こういう人たちがいてくれる街に住みたい。公開中。

『ユダヤ人の私』

ナチスドイツを扱ったドキュメンタリーの金字塔『ゲッベルスと私』の監督チームによる第二作。「私の経験を否定する者がいる限り語り続けなくてはならない」というホロコースト生存者の言葉は、慰安婦問題を無視する日本社会でこそ聞かれなくてはならないのです。公開中。

『水俣曼荼羅』

邦画ドキュメンタリーの第一人者、原一男監督が20年間かけて撮った水俣のリアル。ジョニー・デップの『MINAMATA』に涙した人は必見の、質量ともに圧倒的な大作。価値観がさらにアップデートされることを考えれば、372分という上映時間に尻込みしている場合ではないのです。

『犬神家の一族4Kデジタル修復版』

角川映画祭で上映。ジャニーズみたいな若いころの石坂浩二、アイドルみたいにかわいい坂口良子にもグッとくるが、横溝先生のストーリーテリング素晴らしすぎ。日本の負の遺産、戦争と阿片をこんなにうまく使っていたとは…。昭和のサブカル界を震撼させた名作を是非。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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